スロバキア短信12 「クリスマス」

     スロバキアの冬は長く厳しい寒さが続きます。そんな冬の一時期,首都ブラチスラバではクリスマス・マーケットが開かれて,大勢の人で賑わいます。クリスマス・マーケットというのは,街中の広場などに飲食店やクリスマス用の装飾品,民芸品などの多くの出店が出されて人々が楽しむもので,ヨーロッパの多くの町で季節の風物詩となっています。我が日本大使館のある広場でも,クリスマス・マーケットが開催されています。夜は(夕方5時前からもうすっかり暗いのですが),広場に設置された大きなクリスマス・ツリーが点灯され,他のクリスマスのイルミネーションも加わって,見た目にも華やかな光景です。野外ステージも特設され,クリスマスの音楽や民族音楽で盛り上げます。大使館前のクリスマス・マーケットは11月下旬から12月23日まで開かれています。
 
     スロバキア人のおよそ4人に3人がキリスト教徒ということもあって,クリスマスの過ごし方も日本とはだいぶ違います。やはり,クリスマスは何よりも宗教的な意味でとらえられていると思います。クリスマスには,多くの人が教会のミサに出向きます。とは言うものの,クリスマスまでの時期は,数多くのクリスマス・コンサートやクリスマス向けの舞台芸術も盛んで,クリスマス・マーケットの賑わいと相まって,一種のお祭り気分が感じられるのも事実です。
     クリスマス・キャロルも行われており,子供たちが家々を回って賛美歌を歌います。今年は,イブの日ではありませんが,ある学校の合唱隊が我が大使館に来てクリスマス・キャロルを披露してくれることになっています。
 

クリスマス・マーケット

     クリスマス・イブには家族揃って家で特別な夕食をとるのが一般的です。典型的なのは鯉(コイ)料理で,チェコなどこの地域の他の国々でも同様の風習があるようです。なぜ鯉なのかについては,鯉は幸運や富をもたらすと信じられているからと聞いたこともありますし,肉食を禁じる日があるキリスト教の伝統に由来しているとの説もあります。鯉料理と,キャベツのスープ,それにポテトサラダというのが定番のメニューだそうですが,地方毎に定番メニューにも違いがあるようです。また,鯉の代わりとして鮭(サケ)なども好まれるようです。
     クリスマスの少し前から,町のあちこちで生簀に入れられた生きた鯉が売られ始めます。これを買って家に戻ると,水を張った風呂桶に放し,数日間泥抜きをしてから調理します。その間,家族は風呂に入れないということになりますが,子供たちは鯉を可愛がって名前を付けたりするそうです。鯉をさばくのは伝統的に男親の役割とされており,輪切りにしてフライにするのが一般的です。鯉のうろこは,金運をもたらすと言われ,翌年のクリスマスまで大事に財布に入れておく人も多いそうです。
 

街角の鯉売り

     子供たちはクリスマス・プレゼントをもらいます。プレゼントをくれるのはサンタクロースではなく「赤ちゃん(子供)のキリスト」で,クリスマス・イブの夕食後にプレゼントの包みを開けます。子供たちはこの時期,もう1回プレゼントをもらう機会があります。12月5日の夜,寝る前に窓辺の外に靴を置いておき,翌朝起きてみるとキャンディーやチョコレートが靴に入っているという次第です。プレゼントをくれるのは聖ニコラス(スロバキア語で聖ミクラシュ),天使と悪魔を伴って来ることになっていて,良い子にはキャンディーなどのプレゼントですが,悪い子にはジャガイモなどとされています。
 
     スロバキアでは,宗教的なものも含めて伝統的な行事や風習が脈々と生きているように思います。また,伝統的な民族音楽や舞踊は今でも根強い人気があります。例えば,5月には村々に飾りの付いた高い木の柱が立てられます。マーイ(元々,スロバキア語で5月を意味する)と呼ばれるこの木柱は,青年男性が心を寄せる女性の家の前に立てるのが元来の慣わしだそうです。春のイースター(復活祭)には,少女に男たち(父親や男兄弟も)が水をかけたり,お尻を鞭で打つという変わった風習もあります。少女が健康で元気でいることを願って行われるのだそうです。11月の始め,キリスト教の祭日である万霊節には,先祖のために墓参りをします。お墓にろうそくを灯し,花などを供えて,故人を偲びます。日本のお盆やお彼岸に当たると言えるかもしれません。民族衣装を纏って演じられる民族音楽や舞踊も,お祭りや各種のイベントなど多くの機会によく見られます。日本にもトップクラスの民族舞踊団が何度も公演に行っています。
 

マーイ

      スロバキアの民族と国家は,歴史の荒波にもまれてきました。この百年ばかりの間でも,第一次大戦後に,オーストリア・ハンガリー帝国の崩壊にともない,史上初めてチェコスロバキアが成立,その約30年後,第二次大戦直前にチェコとスロバキアに分離して事実上ナチスドイツの傀儡国家となり,第二次大戦後はチェコスロバキアが復活,ソ連の影響下に入って共産圏の一員となり,1989年には40年続いた共産主義体制から民主主義体制へと大きな転換を遂げます。現在のスロバキア共和国がチェコスロバキアから分離独立したのは1993年,わずか22年前のことです。
     スロバキアの人々が民族の誇りや伝統を大事にするのは,このようなスロバキアの歴史と関係しているのかもしれません。時代とともに国家体制が転々と変わる中で,変わることがない何かを拠り所として大切にするのは自然なことのように思えます。共産主義時代にはキリスト教をはじめ宗教は否定されていましたが,昔ながらのやり方で家々でクリスマスを祝う伝統は守られていたそうです。
 
     クリスマスの季節にあらためて感じるのは,先進的なものを積極的に取り入れると同時に古来の伝統を大事にするという点で,スロバキアの社会は日本と似たところがあるということです。このことは,両国間の相互の理解をさらに深めるための良い土壌になると思います。
 
2015年12月
在スロバキア特命全権大使
江川明夫