第二話 オペラと能がつなぐスロバキアと日本~バンスカー・ビストリツァ市

(写真提供:バンスカー・ビストリツァ国立オペラ)

 「バンスカー・ビストリツァ」とは日本人にとって舌を噛みそうな名前ですが、「ウィキペディア」で検索すると日本語でもきちっと案内が出てきます。スロバキア中部の都市で、首都ブラチスラバから鉄道かバスで3時間程度の山間にある、緑に囲まれた、美しい街です。
 
     ヨーロッパ、特にスロバキアが素晴らしいな、と思う理由の一つは、この人口8万人余りの都市に立派なオペラ劇場があり、そこで毎月のようにオペラが開催され、地元の人々が生活の一部としてそこに訪れ、芸術を楽しんでいることです。まさに、地元の市民の人たちに支えられたオペラの活動です。さらに、このバンスカー・ビストリツァ市のオペラ座のすごいところは、毎年のように、この一都市のオペラ座が日本に遠征して、北海道をはじめとする日本各地でオペラの公演を行っていることです。なんとこの日本公演は過去20年間にわたり毎年続いていますが、その背景には、同オペラ座のレベルの高さもさることながら、日本国内に、スロバキアのオペラを招聘するために汗をかいてくれる、数多くの「スロバキアオペラ・ファン」がおられるからであると、伺っています。
 
     本年4月には、このオペラ座日本公演20周年を記念して、バンスカー・ビストリツァ市のオペラ座劇場で、日本から高名な能楽師である観世流の梅若基徳さんを招いて、「お能」の公演が行われました。今まで私は、幽玄で日本的な美にあふれる「お能」は、外国人には理解しづらいのではないかと勝手に思い込んでいたのですが、とんでもない誤解。スロバキアの人々は梅若さんの舞にくぎ付けとなり、公演後は質問攻めとなりました
     観客は当然のことながらスロバキア人がほとんどだったのですが、和服を着た日本人(らしき)方が二名おられたので、公演終了後のレセプションで伺ってみたら、なんとスロバキア・オペラの大ファンで、今回はわざわざ日本から、この公演に合わせてバンスカー・ビストリツァにあるオペラ座を観るために、スロバキアまでいらしたとのことでした。
 
     バンスカー・ビストリツァは欧州の真ん中にあるスロバキアの、そのまたど真ん中にあり、第二次世界大戦中にはナチス・ドイツの支配に対してスロバキア人たちが立ち上がった民族蜂起の中心地でもありました。市内にはそれを記念して、これを記念した民族蜂起博物館もあります。私はそこを見学しましたが、いわゆる「レジスタンス」たちの活躍の様子や、スロバキアに住んでいた数万人のユダヤ人たちが国外の収容所に強制連行された記録などが、生々しく、また、わかりやすく展示してあって大変印象を受けました。
 
     小さな国スロバキアの小さな町バンスカー・ビストリツァ市ですが、芸術と音楽、そして歴史がみっちりと詰まっていました。スロバキアと日本の「人と人との繋がり」がこんなところにもあると知って、頭の下がる思いでした。
 
     文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)