第五話 「鉄の泉パーク」とスロバキア人のロハスな生活
平成28年7月29日
今回ご紹介するのは、スロバキアの首都ブラチスラバの郊外にある公園です。「郊外」といっても日本大使館のある市中心部からバスでわずか十分の距離。「公園」といっても、全部を歩き回ろうとすれば何日間かかるかわからない、日本人の感覚からすれば信じられないほど広い、山々と森、そして渓流と湖の連なりです。「鉄の泉」という名前の由来は、この森林・山岳公園には小カルパチア山脈から流れ出る清水が豊富で、今でも飲料に可能な泉があちこちにあるのですが、その水に鉄分が含まれていることによるそうです。
スロバキアの人々はハイキングが大好きで、特に週末になると、この緑豊かな公園には多くの人々が歩きにやってきます。一人で来る人、友達と、子供連れ、お年寄りのカップルと組み合わせは様々ですが、皆さん一様に楽しそうに、そして多くはおしゃべりしながら、広大な森の中を、延々と散歩していています。
私がすばらしいと思うことの一つは、この公園内の道路がすべて「歩行者か自転車専用」になっており、車が一切入ってこないことです。唯一の例外として1時間に二本程度、市営バスが公園内を巡回しており、バスで公園の奥地まで行って歩いて戻ってくることもできますし、自分の足で歩けるところまで歩いて、帰りはバスを適宜捕まえて市内に帰ることもできます。バスには犬などのペットも乗車可です。もし日本にこんな素晴らしい自然に囲まれた公園ができたら、あっという間にマイカーが押し寄せて、車と騒音と排気ガスにまみれてしまうと思いますが、絶対そんなことをさせないところに、スロバキア政府、というかスロバキア人の自然を愛するライフスタイルを感じ取る次第です。
びっくりするのは、「えっ、こんなお年寄りが?」とか、「えっ、こんな小さな子供が?」と言いたくなるほど多様な老若男女が、公園の山奥や、深い森の中を何時間も歩いていることです。スロバキア人は「歩く民族」といってもいいのではないでしょうか。スロバキアの人々は(健啖であるのみならず)本当に健脚です。
「健康な人には二人の医師がついている。それは右の足と左の足である」という格言がありますが、緑豊かな森の中をきれいな空気を吸いながら、楽しくおしゃべりしながら(あるいは一人静かに黙々と)長時間歩く、というロハスなライフスタイルが、多くのスロバキア人の、体のみならず心の健康の秘密ではないかと思います。公園内には数か所ですが小さなカフェやレストランがあり、そこで足を休める人々が、コーヒーや軽食をとったり、スロバキア名物の生ビールを飲んだりしています。
言い忘れましたが、公園内では、走ったり、自転車に乗っている人もたくさんいます。園内には何十キロにもわたる舗装されたサイクリングコースから、ランナーの足にやさしいダート(未舗装)のトレイルまで、色々な道が縦横無尽に巡らされており、毎週末行っても飽きることがありません。また、たくさんのバーベキューサイトがあって、特に春から夏、秋にかけての週末には、数多くの家族連れや団体が、持参の肉や野菜を焼きながら、一日芝生の上や森の中でくつろいでいます。
私は平日の夜、夕食後にこの公園にジョギングに行くこともあるのですが、日が暮れて暗くなった公園内でもたくさんの人々が歩いたり走ったりしており、また、あちこちにバーベキューのたき火がちろちろと光って、人々が静かにざわめきながらバーベキューをしているところをよく見ます。
スロバキアと日本の生活を比べれば、確かに日本の方が生活が便利だと思います。日本ではどこにいってもたくさんのコンビニがあり、24時間なんでも手に入ります。国内には網の目のように道路が張り巡らされ、主要都市間には新幹線が走っています。都市に行けば地下街や地下鉄があり、どこでもタクシーがつかまります。レストランの数や種類の豊富さ、お店の品ぞろえ、デパ地下の食べ物のバラエティ、映画館、レンタルビデオ・・・おそらく日本、特に東京のような大都会は、世界でもっとも「コンビニェント」(便利)なところではないでしょうか?そしてそれは素晴らしいことです。
しかし,私がスロバキアに暮らしだして感じていることは、「コンビニェント」な生活が、必ずしもイコール、「ハッピー」または「コンフォタブル」(comfortable)な生活だとは限らないのではないか、ということです。
すなわち、convenience=happiness?ということです。
ブラチスラバは東京ほど「便利」ではありませんが、多くのショッピングモールやスーパーマーケット、様々なレストラン等があり、生活に困ることはありません。そんな中で、多くのスロバキアの人々は、すでにご紹介したように旧市街の古い中世の街並みを大事にし、暮らしに密着した音楽と芸術を愛し、そして今回ご紹介しているような美しい大自然の中で心豊かな生活を楽しんでいます。
私はスロバキアに来ている一日本人として、日本の文化や日本人のライフスタイルを愛しつつ、こういったスロバキアン・ウェイ・オブ・ライフからもなにか学ぶことがあるのではないかと、日々感じている次第です。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)
スロバキアの人々はハイキングが大好きで、特に週末になると、この緑豊かな公園には多くの人々が歩きにやってきます。一人で来る人、友達と、子供連れ、お年寄りのカップルと組み合わせは様々ですが、皆さん一様に楽しそうに、そして多くはおしゃべりしながら、広大な森の中を、延々と散歩していています。
私がすばらしいと思うことの一つは、この公園内の道路がすべて「歩行者か自転車専用」になっており、車が一切入ってこないことです。唯一の例外として1時間に二本程度、市営バスが公園内を巡回しており、バスで公園の奥地まで行って歩いて戻ってくることもできますし、自分の足で歩けるところまで歩いて、帰りはバスを適宜捕まえて市内に帰ることもできます。バスには犬などのペットも乗車可です。もし日本にこんな素晴らしい自然に囲まれた公園ができたら、あっという間にマイカーが押し寄せて、車と騒音と排気ガスにまみれてしまうと思いますが、絶対そんなことをさせないところに、スロバキア政府、というかスロバキア人の自然を愛するライフスタイルを感じ取る次第です。
びっくりするのは、「えっ、こんなお年寄りが?」とか、「えっ、こんな小さな子供が?」と言いたくなるほど多様な老若男女が、公園の山奥や、深い森の中を何時間も歩いていることです。スロバキア人は「歩く民族」といってもいいのではないでしょうか。スロバキアの人々は(健啖であるのみならず)本当に健脚です。
「健康な人には二人の医師がついている。それは右の足と左の足である」という格言がありますが、緑豊かな森の中をきれいな空気を吸いながら、楽しくおしゃべりしながら(あるいは一人静かに黙々と)長時間歩く、というロハスなライフスタイルが、多くのスロバキア人の、体のみならず心の健康の秘密ではないかと思います。公園内には数か所ですが小さなカフェやレストランがあり、そこで足を休める人々が、コーヒーや軽食をとったり、スロバキア名物の生ビールを飲んだりしています。
言い忘れましたが、公園内では、走ったり、自転車に乗っている人もたくさんいます。園内には何十キロにもわたる舗装されたサイクリングコースから、ランナーの足にやさしいダート(未舗装)のトレイルまで、色々な道が縦横無尽に巡らされており、毎週末行っても飽きることがありません。また、たくさんのバーベキューサイトがあって、特に春から夏、秋にかけての週末には、数多くの家族連れや団体が、持参の肉や野菜を焼きながら、一日芝生の上や森の中でくつろいでいます。
私は平日の夜、夕食後にこの公園にジョギングに行くこともあるのですが、日が暮れて暗くなった公園内でもたくさんの人々が歩いたり走ったりしており、また、あちこちにバーベキューのたき火がちろちろと光って、人々が静かにざわめきながらバーベキューをしているところをよく見ます。
スロバキアと日本の生活を比べれば、確かに日本の方が生活が便利だと思います。日本ではどこにいってもたくさんのコンビニがあり、24時間なんでも手に入ります。国内には網の目のように道路が張り巡らされ、主要都市間には新幹線が走っています。都市に行けば地下街や地下鉄があり、どこでもタクシーがつかまります。レストランの数や種類の豊富さ、お店の品ぞろえ、デパ地下の食べ物のバラエティ、映画館、レンタルビデオ・・・おそらく日本、特に東京のような大都会は、世界でもっとも「コンビニェント」(便利)なところではないでしょうか?そしてそれは素晴らしいことです。
しかし,私がスロバキアに暮らしだして感じていることは、「コンビニェント」な生活が、必ずしもイコール、「ハッピー」または「コンフォタブル」(comfortable)な生活だとは限らないのではないか、ということです。
すなわち、convenience=happiness?ということです。
ブラチスラバは東京ほど「便利」ではありませんが、多くのショッピングモールやスーパーマーケット、様々なレストラン等があり、生活に困ることはありません。そんな中で、多くのスロバキアの人々は、すでにご紹介したように旧市街の古い中世の街並みを大事にし、暮らしに密着した音楽と芸術を愛し、そして今回ご紹介しているような美しい大自然の中で心豊かな生活を楽しんでいます。
私はスロバキアに来ている一日本人として、日本の文化や日本人のライフスタイルを愛しつつ、こういったスロバキアン・ウェイ・オブ・ライフからもなにか学ぶことがあるのではないかと、日々感じている次第です。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)