第十話 焼き芋と焼き栗の季節 in Slovakia
平成28年11月4日
日本の諺では「芋、栗、南京(かぼちゃのこと)」が女性の好きな食べ物ということになっていると昔、父から教わりましたが、(「芋、タコ、南京」だったでしょうか。記憶間違いなら失礼お許しください)、日本では老若男女を問わず、秋になれば、ホカホカの芋と栗を食べたくなりますね。
四季が豊かな日本では、古来より、季節の移り変わりを実感できる四季折々の食べ物があります。しかし最近は、農業技術や食品加工・流通技術の発達、そしてコンビニやスーパーマーケット、デパチカなどの普及に伴い、便利さが増す一方で、季節折々の旬のものを食べ、食べ物で季節の移り変わりを感じ、そして楽しむ、といったことが少なくなっているような気がします。
このことは日本ほど大がかりで急速にではないにせよ、世界中で大なり小なり進んでいる現象なのでしょう。しかし、スロバキアではまだ、食べ物と季節感の繋がりが、まだまだしっかりと残っているような気がします。
スロバキアの首都、当地ブラチスラバは、9月に入ってからめっきりと気温が下がり、坂道を駆け降りるように、夏から秋へ季節が移っていきました。10月下旬に入ると朝晩の気温は5度から0度近くに下がり、秋というよりも、もはや冬の入口がやってきたという感じです。
日本大使館の窓から見下ろす旧市街の石畳の中央広場は、相変わらず観光客でにぎわっていますが、最近になって、広場の隅に小さな赤い小屋のようなものがぽつんと立ちました(写真)。市内をよく見ると、同様の小屋が町のあちこちに立ち始めています。小屋の看板には、pecene zemiaky, (ペチェネー ゼミアキ), pecene gastany(ペチェネー ガシュタニ)と書いてあります。意訳すれば「焼き芋、焼き栗」。どうやら焼きトウモロコシもあるようです。
小屋からはみ出そうな立派な体格のおじさんが、薪ストーブで芋や栗を焼いて、グラムいくらで売っています。芋と栗の焼ける甘い匂いが、ストーブの煙の匂いと混ざって、なんとも言えずにおいしそうな、そして郷愁を誘う良い香りです。
さっそく片言のスロバキア語で焼き芋を200グラム、焼き栗を150グラム買い求めてみました。まずびっくりしたのは、芋がジャガイモだということ。日本で焼き芋といえば皮の色が赤いサツマイモですが、確かにサツマはヨーロッパでは殆ど手に入りません。
次に感動したのは、その素朴な美味しさ。ジャガイモはざっくりと切ったのをストーブでじっくりと焼いて、ホカホカの出来立てに、自分で塩をかけて食べます。焼き栗は、おじさんがナイフで切れ目を入れたのを、同じく焼いただけ。日本の甘栗のようなお上品な焼き栗ではなく、はじっこが焦げていてちょっと苦かったり、形も不揃いです。
スロバキアはどうしてこんなに野菜や果物、肉がおいしいのでしょうか。地味が豊かだからでしょうか、あるいは農薬をあまり使っていないからでしょうか。私は専門家ではないのでよくわかりませんが、ジャガイモや栗も含め、野菜そのものの本来の味、味の濃さ、というものがしっかりと残っているような気がします。だからあまり調理して手をかけないで、ストーブで焼いたものをそのまま食べてもおいしいのです。
そしてさらに感動したのはその値段の安さ。大きなプラスチックのカップに山盛りしてくれる焼き芋と、手のひらにちょうど乗る紙袋に入れてくれる焼き栗が併せて3.5ユーロ(400円弱)。焼き栗は重さを計った後に、おまけを一個ポーンと放り込んでくれるのがおじさんのお決まりです。
しかし、スロバキア人に言わせると、これでもそんなに安くはない、というのです。確かに、じゃがいもはスーパーマーケットで1キロ50円位で売っていますし、栗については、日本大使公邸のすぐ隣にある公園にも栗の木がたくさん自生しており、秋になると道端に拾いきれないほど落ちていますし・・・。
とはいうものの、フランスで、パリの秋の風物詩であるマロン・ショー(焼き栗)を買えば、この数倍は料金を取られるでしょう。また、日本では焼き芋や焼き栗をちょっと買うだけで、各々簡単に1000円以上いってしまいます(各々10ユーロ以上)。やっぱりスロバキアの焼き芋、焼き栗はおいしくて安い。お買い得ではないでしょうか。
ハフハフ言いながらアツアツの焼き芋を食べ、ちょっと焦げ目のある栗を剥きながら、透明な秋風の吹く街中をちょっと歩いてみます。二か月前の8月には、みんなTシャツに短パンといった夏の身なりで街中を歩いていたのに、今では街を行きかう人々の多くが、マフラーを首に巻いたりと秋冬物の暖かい恰好をしています。石畳にたくさんでていたレストランやカフェの椅子、机もほとんどがしまわれ、人々が暖かいお店の中でコーヒーを飲んだりワインを嗜んでいるのが窓越しに見えます。生ビールを飲んでいる人もまだいますが、さすがに数は減ってきているようです。
日本と異なりスロバキアの夏は湿気がすくなくカラッとしてしのぎやすいのが特徴です。気温もさほど上がらず、一年でもっとも快適で過ごしやすい季節です。その夏が終わり、秋がやってきて、冬が近づいています。スロバキアに住んで長いある日本人によると、一年でもっとも(気持ちが)がブルーになりがちなのが11月だということです。すばらしい夏が終わり、寒くなるだけでなく日照もだんだん短くなってくるからです。12月に入るとクリスマスシーズンとなり街は再度大きく賑わいだします。中央広場にもたくさんのクリスマス屋台がでてきます。そして年が明け新年がやってきます。人々は足音を立ててやってくる春を待ちわびだします。こうやってスロバキアの人々は、毎年の四季折々を感じ、暮らしているようです。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)
四季が豊かな日本では、古来より、季節の移り変わりを実感できる四季折々の食べ物があります。しかし最近は、農業技術や食品加工・流通技術の発達、そしてコンビニやスーパーマーケット、デパチカなどの普及に伴い、便利さが増す一方で、季節折々の旬のものを食べ、食べ物で季節の移り変わりを感じ、そして楽しむ、といったことが少なくなっているような気がします。
このことは日本ほど大がかりで急速にではないにせよ、世界中で大なり小なり進んでいる現象なのでしょう。しかし、スロバキアではまだ、食べ物と季節感の繋がりが、まだまだしっかりと残っているような気がします。
スロバキアの首都、当地ブラチスラバは、9月に入ってからめっきりと気温が下がり、坂道を駆け降りるように、夏から秋へ季節が移っていきました。10月下旬に入ると朝晩の気温は5度から0度近くに下がり、秋というよりも、もはや冬の入口がやってきたという感じです。
日本大使館の窓から見下ろす旧市街の石畳の中央広場は、相変わらず観光客でにぎわっていますが、最近になって、広場の隅に小さな赤い小屋のようなものがぽつんと立ちました(写真)。市内をよく見ると、同様の小屋が町のあちこちに立ち始めています。小屋の看板には、pecene zemiaky, (ペチェネー ゼミアキ), pecene gastany(ペチェネー ガシュタニ)と書いてあります。意訳すれば「焼き芋、焼き栗」。どうやら焼きトウモロコシもあるようです。
小屋からはみ出そうな立派な体格のおじさんが、薪ストーブで芋や栗を焼いて、グラムいくらで売っています。芋と栗の焼ける甘い匂いが、ストーブの煙の匂いと混ざって、なんとも言えずにおいしそうな、そして郷愁を誘う良い香りです。
さっそく片言のスロバキア語で焼き芋を200グラム、焼き栗を150グラム買い求めてみました。まずびっくりしたのは、芋がジャガイモだということ。日本で焼き芋といえば皮の色が赤いサツマイモですが、確かにサツマはヨーロッパでは殆ど手に入りません。
次に感動したのは、その素朴な美味しさ。ジャガイモはざっくりと切ったのをストーブでじっくりと焼いて、ホカホカの出来立てに、自分で塩をかけて食べます。焼き栗は、おじさんがナイフで切れ目を入れたのを、同じく焼いただけ。日本の甘栗のようなお上品な焼き栗ではなく、はじっこが焦げていてちょっと苦かったり、形も不揃いです。
スロバキアはどうしてこんなに野菜や果物、肉がおいしいのでしょうか。地味が豊かだからでしょうか、あるいは農薬をあまり使っていないからでしょうか。私は専門家ではないのでよくわかりませんが、ジャガイモや栗も含め、野菜そのものの本来の味、味の濃さ、というものがしっかりと残っているような気がします。だからあまり調理して手をかけないで、ストーブで焼いたものをそのまま食べてもおいしいのです。
そしてさらに感動したのはその値段の安さ。大きなプラスチックのカップに山盛りしてくれる焼き芋と、手のひらにちょうど乗る紙袋に入れてくれる焼き栗が併せて3.5ユーロ(400円弱)。焼き栗は重さを計った後に、おまけを一個ポーンと放り込んでくれるのがおじさんのお決まりです。
しかし、スロバキア人に言わせると、これでもそんなに安くはない、というのです。確かに、じゃがいもはスーパーマーケットで1キロ50円位で売っていますし、栗については、日本大使公邸のすぐ隣にある公園にも栗の木がたくさん自生しており、秋になると道端に拾いきれないほど落ちていますし・・・。
とはいうものの、フランスで、パリの秋の風物詩であるマロン・ショー(焼き栗)を買えば、この数倍は料金を取られるでしょう。また、日本では焼き芋や焼き栗をちょっと買うだけで、各々簡単に1000円以上いってしまいます(各々10ユーロ以上)。やっぱりスロバキアの焼き芋、焼き栗はおいしくて安い。お買い得ではないでしょうか。
ハフハフ言いながらアツアツの焼き芋を食べ、ちょっと焦げ目のある栗を剥きながら、透明な秋風の吹く街中をちょっと歩いてみます。二か月前の8月には、みんなTシャツに短パンといった夏の身なりで街中を歩いていたのに、今では街を行きかう人々の多くが、マフラーを首に巻いたりと秋冬物の暖かい恰好をしています。石畳にたくさんでていたレストランやカフェの椅子、机もほとんどがしまわれ、人々が暖かいお店の中でコーヒーを飲んだりワインを嗜んでいるのが窓越しに見えます。生ビールを飲んでいる人もまだいますが、さすがに数は減ってきているようです。
日本と異なりスロバキアの夏は湿気がすくなくカラッとしてしのぎやすいのが特徴です。気温もさほど上がらず、一年でもっとも快適で過ごしやすい季節です。その夏が終わり、秋がやってきて、冬が近づいています。スロバキアに住んで長いある日本人によると、一年でもっとも(気持ちが)がブルーになりがちなのが11月だということです。すばらしい夏が終わり、寒くなるだけでなく日照もだんだん短くなってくるからです。12月に入るとクリスマスシーズンとなり街は再度大きく賑わいだします。中央広場にもたくさんのクリスマス屋台がでてきます。そして年が明け新年がやってきます。人々は足音を立ててやってくる春を待ちわびだします。こうやってスロバキアの人々は、毎年の四季折々を感じ、暮らしているようです。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)