第十三話 大寒波 ― 樹氷、ダイヤモンド・ダスト、そしてキャベツのスープ

平成29年2月14日
      この冬、スロバキアは数十年ぶりの大寒波に見舞われています。首都ブラチスラバでも連日氷点下の気温が続いています。特に寒い時には氷点下10度以下、朝晩に至っては氷点下15℉以下になることもあります。雪の日も多く、街中は凍てついています。ドナウ川の一部や支流の水面が凍ってしまい、砕氷船?が出動したことも地元のニュースになりました。
 
     同世代(50歳代)のスロバキア人達に言わせると、自分が子供だった頃は首都ブラチスラバの冬は寒く、降雪もしょっちゅうだったが、ここ数十年は地球温暖化の影響なのか暖冬の年が多く、雪がほとんど降らないことも多いとのことで、この冬は本当に久しぶりの「厳冬」であるということでした。
     私は子供時代に東京の郊外、千葉県に住んでいましたが、その頃は毎冬になると雪が何度か降り、弟と一緒に庭で雪だるまやカマクラを作ったことを覚えています。その東京でも最近はめったに雪が降らなくなりました。温暖化の傾向はどうやら日本もスロバキアも共通のようです。
 
     そんな厳冬の、とある朝、ブラチスラバ市内の公邸で目が覚めて外を見ると、雪が降った気配はないのに景色がなにやら真っ白です。窓を開けてみると、地面は黒いままなのですが、庭の木々、そして向こうに見えるホルスキー・パークの森が白一色でおおわれていることがわかりました。樹氷です。
 
     辞典によれば、樹氷とは「氷点下5度以下に冷却した水蒸気や過冷却の水滴が樹木等に吹き付けられ凍結した氷のこと。気泡を多く含むため白色不透明で、脆い」とのことです。
     写真はそのホルスキー・パークに行って撮ったものですが、夏には緑に覆われていた公園内の木々がすべて真っ白に変わり、中を歩いていると自分が「樹氷のドーム」に囲まれ覆われたような気分になって、幻想的な雰囲気でした。
 
     その日自家用車で街中に出てみると、ブラチスラバ市内の街並木もすべて樹氷で真っ白になっていました。日本では春になると桜が咲いて、桜の植えてある並木道は薄桃色の桜の花で一色に染まってそれは美しいものですが、ブラチスラバの樹氷の並木道を車で走っていると、乳白色の氷にまとわれた木々が一瞬、真っ白い花びらの桜の木々であるかのような不思議な錯覚にとらわれました。
     桜も樹氷も、はかないが故に美しさを一層感じた次第です。
 
     それから数日後のとある朝、起床して外を見ると、なぜか樹氷は消えており、公園の木々は黒々としています。他方、地表にはうっすらと掃くように白いものが積もっています。「雪かな?」と思ってよく見てみるとどうも違います。空は雲一つない快晴で、気温は氷点下15度近く。庭にでて地面に触ってみると、サラサラの氷の粒のようなものが積もっています。これは「氷霧」、またはダイヤモンド・ダストともよばれる、空気中の水蒸気が寒さにより氷結したもののようでした。
 
     樹氷やダイヤモンド・ダストなど、大寒波に覆われたブラチスラバは美しく、そしてロマンチックですらあります。しかし、外に出れば空気は刺すように冷たく、歩道はツルツルに凍り付いており歩くのは一苦労と、暮らしは大変です。風が吹くと体感温度は氷点下20度以下になり、屋外にいること自体が大きな苦痛となるほどです。
     ちなみにある本によると、氷点下では14度でビールが凍り、15度になると鼻毛が凍るそうです。
 
     そんな極寒の中でもスロバキアの人々は本当に元気で、特に週末は天気が良くなると、氷点下10度の気温でも15度でも、多くの人々、家族連れが外に繰り出してきます。
 
     このブログの第五話でご紹介したブラチスラバ郊外にある森林・山岳公園「鉄の泉パーク」に、私は毎週末ジョギングに行っています。先日も、快晴、されど気温は氷点下7度のとある土曜日の朝に、「さすがにこの寒さでは公園にはほとんど人はいないだろうな」と思い、防寒具を着込んで重装備で走りに行ってきました。
 
     ところがなんと、すでにたくさんのスロバキアの人々が来ており、遊歩道では若いカップルから老夫婦まで、様々な人々が極寒の中、朝の散歩を楽しんでいました。山の上では両親に連れられて来た多くの子供たちが、固く凍った雪の斜面を使って橇(そり)に興じていました。更に公園の奥の方では、いつもは満々と水をたたえている湖がカチカチに凍っており、人々がスケートをしたり、アイスホッケーをしたりして遊んでいました。
     スロバキア人の寒さに強いのにはびっくりです。また不思議というか感心するのは、ツルツルに凍った道々を歩いていても、スロバキア人で転ぶ人をほとんど見ないことです。
 
     最後に、そんな寒い屋外から家に戻ってきたら、ほっとして食べたいのはキャベツのスープです。これはスロバキアの人々がクリスマスに食べる定番のスープだそうで、日本人にとってのお正月のお雑煮にあたるようなものでしょうか。
     作り方はそれぞれの家庭によって「お母さんのレシピ」があり千差万別のようですが、簡単にいれば、キャベツのお漬物(日本ではザワークラウトとして売っています)と燻製ソーセージ、豚肉、玉ねぎ、にんにく、リンゴ等々を何時間も煮込み、そこにパプリカやキャラウェイなどの香辛料を加え味付けするというものです。サワークリームを一匙加えると更に味が濃厚になります。
     キャベツのお漬物はキャベツを乳酸発酵させたもので、ビタミン豊富で栄養に富み、また、胃腸にも良く働くそうです。それを、例えば,良く煮込んでとろとろに柔らかくなったソーセージや豚肉といっしょにスープでいただきます。体に優しく体が温まること請け合いです。私はスロバキア人の知人にレシピを教えてもらい、今回はじめて自分で作ってみましたが、大変おいしく、また体がホカホカになりました。
 
     厳しくも美しいスロバキアの冬を堪能するとともに、寒く長い冬を健康に乗り切るための、スロバキア人の智恵をまた一つ学ばせてもらいました。
 
     文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)