第十四話 Born to run (走るために生まれた)
平成29年3月25日
スロバキアの首都ブラチスラバは、3月中旬になってもまだ寒い日々が続いています。今朝の気温は零度。しかし、早朝に犬を連れて公邸近くの公園に散歩に行くと、地面のあちこちの黒い土の間からぽつぽつと緑の若芽が顔を出しているのが見つかりました。少しずつ近づいている春の足音が聞こえるようです。上を見上げると、公園の中の黒い木々はまだ、芽吹いていませんが、枝の間から見える空は、雲一つない真っ青な快晴。それもスモッグに霞む東京の薄いブルーの空ではなく、紺碧の空です。ふと気がつけば、冬の間には殆ど聞かれなかった野鳥たちのさえずりも聞こえるようになってきました。
3月に入って気がついたのは、厳冬期にはあまり見かけなかったジョギングをする人が急に増え出したことです。平日の早朝だと市内の公園、週末になると郊外の森で、若い人からお年寄りまでの多くのスロバキア人が、カップルで、家族で、犬を連れて、あるいは一人で、まだきりりと冷えている空気の中、気持ちよい汗を流しながら走っています。
私がスロバキアに来て素晴らしいなと思うのは、地方は言うまでも無く、人口が密集している首都ブラチスラバですら、車の騒音や排気ガスを気にせずに緑豊かな自然の中で土の地面を踏みしめて歩いたり走ったりできる公園や森、ジョギングコースが、市内や市内から直ぐ近くの郊外に数多くあることです。
ところで、私がかつてアメリカ在勤中出会った本の一つに「Born to run (走るために生まれた)」があります。この本は著者クリストファー・マクドゥーガルの「どうして私の足は走ると痛むのか?」という疑問から話が始まり、メキシコの秘境で暮らす「走る民族」、素足で峡谷を走り抜けるベアフット・ランナー、何時間も走り続けて獲物を狩る現代のランニングマン、過酷な地形を24時間走り続けるウルトラランナーなど、「走り」に関わる様々な人々が紹介されています。この本は「自然の中を走る喜び」を読者に教えてくれるとともに、我々のランニングについての今までの知識がいかに間違っていたか、ということも科学的観点からわかりやすく説明しています。「全米20万人の走りを変えた」、と言われる大ベストセラーの本です。
私は子供の時からジョギングが趣味で小学生の頃から時々走っていましたが、この本を読んでから素足で走るベアフットランニングや、平地ではなく野山を走るトレイルラン、そして健康に走るための自然食やベジタリアンフードに関心を持つようになりました。特にベアフットランニングについては、素足に近い感覚で走れる薄くて軽いミニマリストシューズ、具体的には靴に五本指がついているファイブフィンガーズ・シューズのファンとなりました。
昨年スロバキアに赴任するまで東京に住んでいるときにも、毎週末にこの靴を履いて、都心の自宅からアスファルトの道を「素足感覚」で走りに走って都内を駆け抜け、お台場という東京の湾岸まで行っていました。
新宿、日本橋、銀座、築地といった、東京都心のコンクリートだらけ、人だらけの摩天楼の中を走り抜けていくことにはシュールレアリスティックな快感が無いわけではありませんでしたが、それと比べても、現在、ブラチスラバの緑豊かな自然の中を、自然の土や草、石や木の根っこを踏みしめ、感じながら走っている方が、喜びが五倍、十倍にも増すような気がします。
幼少時より通算すると人生の50年近くを素人ランナーとして走っているわけですが、東京に加え今まで外交官として赴任し暮らした数多くの国々の町々を比べると、私にとって一番ランナー・フレンドリーで走っていて楽しいと感じた町は、米国のワシントンDCと、ここスロバキアのブラチスラバ市のような気がします。どちらも一国の首都ですが、いずれも町のサイズが大きすぎなくて50万人-70万人程度とコンパクトで、車がオフリミットの歩行者・自転車専用の道々が良く整備されており、また豊かな緑に囲まれ、大河沿いにあることが特徴です(ワシントンDCならポトマック川、ブラチスラバならドナウ川)。
これからスロバキアに春がやってくると、秋の10月頃までの約7ヶ月間が本格的なアウトドア・スポーツのシーズンとなります。国内ではマラソン大会はじめ数多くのスポーツイベントが国中で行われます。
4月9日にはブラチスラバの郊外にある古城デヴィーンからドナウ川沿いにブラチスラバ市内まで約11キロを数千人の人が走る「デヴィーン・市民マラソン」が開催されます。距離は正式マラソン(約42キロ)の4分の一ですが、私にとって、スロバキア着任後1年たって初めてのマラソン大会デビューとなる予定です。9月にはスロバキア中部の風光明媚な山間の都市、バンスカー・ビストリツァ市でマラソン大会が行われます。これには同市出身のスロバキアの国会議員の方に誘われて、出場することにしました。そして10月には世界でボストンマラソンに次いで古く、ヨーロッパ国内では最古の歴史を誇るコシツェ・マラソンがスロバキア東部の主要都市コシツェ市で行われます。このブログの第9話でもご紹介したとおり、日本の選手も優勝したことがある由緒正しき大会です。コシツェの知事や市長さんにも勧められて、この大会にもエントリーしてみようと思っています。
日々の仕事がもちろん一番大事ですが、このようなスポーツを通じてもスロバキアの様々な人たちと交流を進めていきたいと思っています。そして2020年の東京オリンピックに向けて、スロバキアの人々と日本の人々を、スポーツを通じて少しでも近づけて行くことができれば幸いです。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)
3月に入って気がついたのは、厳冬期にはあまり見かけなかったジョギングをする人が急に増え出したことです。平日の早朝だと市内の公園、週末になると郊外の森で、若い人からお年寄りまでの多くのスロバキア人が、カップルで、家族で、犬を連れて、あるいは一人で、まだきりりと冷えている空気の中、気持ちよい汗を流しながら走っています。
私がスロバキアに来て素晴らしいなと思うのは、地方は言うまでも無く、人口が密集している首都ブラチスラバですら、車の騒音や排気ガスを気にせずに緑豊かな自然の中で土の地面を踏みしめて歩いたり走ったりできる公園や森、ジョギングコースが、市内や市内から直ぐ近くの郊外に数多くあることです。
ところで、私がかつてアメリカ在勤中出会った本の一つに「Born to run (走るために生まれた)」があります。この本は著者クリストファー・マクドゥーガルの「どうして私の足は走ると痛むのか?」という疑問から話が始まり、メキシコの秘境で暮らす「走る民族」、素足で峡谷を走り抜けるベアフット・ランナー、何時間も走り続けて獲物を狩る現代のランニングマン、過酷な地形を24時間走り続けるウルトラランナーなど、「走り」に関わる様々な人々が紹介されています。この本は「自然の中を走る喜び」を読者に教えてくれるとともに、我々のランニングについての今までの知識がいかに間違っていたか、ということも科学的観点からわかりやすく説明しています。「全米20万人の走りを変えた」、と言われる大ベストセラーの本です。
私は子供の時からジョギングが趣味で小学生の頃から時々走っていましたが、この本を読んでから素足で走るベアフットランニングや、平地ではなく野山を走るトレイルラン、そして健康に走るための自然食やベジタリアンフードに関心を持つようになりました。特にベアフットランニングについては、素足に近い感覚で走れる薄くて軽いミニマリストシューズ、具体的には靴に五本指がついているファイブフィンガーズ・シューズのファンとなりました。
昨年スロバキアに赴任するまで東京に住んでいるときにも、毎週末にこの靴を履いて、都心の自宅からアスファルトの道を「素足感覚」で走りに走って都内を駆け抜け、お台場という東京の湾岸まで行っていました。
新宿、日本橋、銀座、築地といった、東京都心のコンクリートだらけ、人だらけの摩天楼の中を走り抜けていくことにはシュールレアリスティックな快感が無いわけではありませんでしたが、それと比べても、現在、ブラチスラバの緑豊かな自然の中を、自然の土や草、石や木の根っこを踏みしめ、感じながら走っている方が、喜びが五倍、十倍にも増すような気がします。
幼少時より通算すると人生の50年近くを素人ランナーとして走っているわけですが、東京に加え今まで外交官として赴任し暮らした数多くの国々の町々を比べると、私にとって一番ランナー・フレンドリーで走っていて楽しいと感じた町は、米国のワシントンDCと、ここスロバキアのブラチスラバ市のような気がします。どちらも一国の首都ですが、いずれも町のサイズが大きすぎなくて50万人-70万人程度とコンパクトで、車がオフリミットの歩行者・自転車専用の道々が良く整備されており、また豊かな緑に囲まれ、大河沿いにあることが特徴です(ワシントンDCならポトマック川、ブラチスラバならドナウ川)。
これからスロバキアに春がやってくると、秋の10月頃までの約7ヶ月間が本格的なアウトドア・スポーツのシーズンとなります。国内ではマラソン大会はじめ数多くのスポーツイベントが国中で行われます。
4月9日にはブラチスラバの郊外にある古城デヴィーンからドナウ川沿いにブラチスラバ市内まで約11キロを数千人の人が走る「デヴィーン・市民マラソン」が開催されます。距離は正式マラソン(約42キロ)の4分の一ですが、私にとって、スロバキア着任後1年たって初めてのマラソン大会デビューとなる予定です。9月にはスロバキア中部の風光明媚な山間の都市、バンスカー・ビストリツァ市でマラソン大会が行われます。これには同市出身のスロバキアの国会議員の方に誘われて、出場することにしました。そして10月には世界でボストンマラソンに次いで古く、ヨーロッパ国内では最古の歴史を誇るコシツェ・マラソンがスロバキア東部の主要都市コシツェ市で行われます。このブログの第9話でもご紹介したとおり、日本の選手も優勝したことがある由緒正しき大会です。コシツェの知事や市長さんにも勧められて、この大会にもエントリーしてみようと思っています。
日々の仕事がもちろん一番大事ですが、このようなスポーツを通じてもスロバキアの様々な人たちと交流を進めていきたいと思っています。そして2020年の東京オリンピックに向けて、スロバキアの人々と日本の人々を、スポーツを通じて少しでも近づけて行くことができれば幸いです。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)