第十六話 「熊のニンニク」とスロバキア春の訪れ

平成29年4月25日
     日本語で「三寒四温」という表現がありますが、スロバキアでも寒い日と暖かい日が行ったり来たりする中で、春が段々と近づいてきました。首都ブラチスラバ市内の公園も、冬の間は地面が黒々としていて森の木々も寒々しかったのが、いつの間にか地面が緑色の草々でびっしりと埋まるようになり、木々の枝にも緑の芽があちらこちらに吹き始めました。日本と同じように、スロバキアでは明確な四季があり、人々は四季の自然の移り変わりを感じながら毎日の生活を楽しんでいます。
 
     そんなある週末、早朝の日課で公邸の近くの公園周辺を歩いてくると、どこからとなく、ほのかにニンニクのような香りが漂ってくるのに気がつきました。周りを見回してみると、写真にあるような草があちらこちらに群生を作って生えています。葉を一枚ちぎって匂いをかぐと、かすかではありますが確かにニンニクの匂いがします。
     知り合いのスロバキア人に尋ねてみると、この植物はスロバキア語では「熊のニンニク」と言い、早春の季節にだけ地面から沢山現れるということです。スロバキアの人々はこれを摘んでスープに入れたり、オムレツに入れたりして食べるということでした。
 
     家に帰ってインターネット等で調べたところ、この「熊のニンニク」は、日本でいう「行者ニンニク」(すなわち「修行者のニンニク」)と同じであることがわかりました。日本ではこの行者ニンニク――すなわち熊のニンニクを茹でて酢味噌和えにしたり、卵とじにしたり、あるいは醤油と酒につけてご飯の肴にしたり、様々な方法で料理して食べます。
 
     翌日の朝も同じ場所に行ってもう一度良く調べてみると、確かに公園周辺には熊のニンニクがあちらこちらに、そして見渡す限り群生しており、ビニール袋を持ってきて葉を摘んでいるスロバキアの人々も何人かおられます。私も葉を何枚か摘み、家に帰ってオムレツに入れ込んで朝ご飯として食べてみたら、とても美味です。調子にのって、その日の晩には久しぶりにすき焼きを作り、熊のニンニクの葉を入れて煮込んでみたら、これまた大変な美味でした。

     日本では最近は物流が発達して四季を問わずになんでも手に入るようになってしまい、また、地球温暖化の影響等もあって四季の移り変わりそのものがイレギュラーになってきています。それでも、食べ物で四季を感じるということは、伝統と文化を重んじる日本人の多くにとって依然重要なことです。日本でちょうど今頃の季節(4月)であれば、桜餅がそろそろ出回るころでしょうか。子供の頃には田んぼの土手に生えてくるツクシを摘んで、それを母親に卵とじにしてもらい食べたことも懐かしく思い出します。夏になればスイカ、秋になればサンマの塩焼き、等々と、日本では季節の折々に「旬」の食べ物が沢山あります。
 
     私は仕事柄、毎週のようにスロバキアの様々な分野の方々を公邸にお招きして食事を差し上げていますが、日本料理を差し上げる際には、お客様に少しでもスロバキアの「四季」を感じていただけるような一品を出せるように、大使公邸料理人と相談しています。海のない内陸国のスロバキアでは、新鮮な海産物が手に入りにくく料理人の苦労も多いのですが、例えば本年1月には前菜として、お客様におせち料理のいくつかをお出しして日本文化のかけらなりともご説明させていただきました。
 
     このたび自然の「熊のニンニク」が見つかったこともあり、大使公邸での会食に出す料理の前菜の一品として「熊のニンニクの酢味噌和え」をお客様にお出しするようにしました。ここ数週間の早春の期間しか出せない特別メニューです。とりあえず好評のようです。
 
     ちなみに日本では行者ニンニク(すなわち熊のニンニク)が一部の八百屋やインターネット等を通じて売られているようです。調べてみると、100グラムで700円(6ユーロ近く)位の価格らしいことがわかりました。それがスロバキアでは毎年春になるとあちらこちらの地面から湧き出るように生えてきます。それをスロバキア人達があちこち摘んでいきますが、摘んでも摘んでも摘みきれない、という感じです。地元のスーパーなどでも一束50セント(60円)程度で売っています。
 
     それにしても同じ植物の名称が、スロバキアでは「熊のニンニク」、日本では「修行者のニンニク」と異なるのは面白くありませんか。スロバキアではこの野生のニンニクを熊が食べるのでしょうか。
     日本の表現について調べてみたところ、「野山で厳しい修行をする修験道の行者が体力を付けるために食べる」という説と、「佛教と山岳信仰が合体した修験道の修行者は野山で厳しい修行を行うが、佛教ではニンニクやネギ、ニラなどの臭い野菜は食べると欲心・邪心が起こるので食べてはいけないと言われており、行者ニンニクとは『修行者が食べてはいけないニンニク』という意味」という二つの説があるようです。
     どちらにせよ、癖がなく、あっさりしていて栄養も豊富そうなこのニンニク、食べても飽きが来ず、短いシーズンが終わるあと1~2週間、やめられそうもありません。体がニンニク臭くなるのが心配です。
 
     文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)