第二十二話 スロバキアのスーパー・フード:キスラー・カプスタ(発酵キャベツ) ~ スロバキアと日本をつなぐ発酵食品の「輪」

平成29年11月21日
    肉、野菜、チーズ、果物、そしてワインやビールなど、バラエティに富んだ自然の豊かな食材に恵まれているのがスロバキアです。しかし、冬に入ると市場やスーパーマーケットに出回る野菜や果物の種類がぐっと減ってきます。そんな時期に、スロバキアの人々が頻繁に食べるのが、キスラー・カプスタ、すなわち発酵キャベツです。
 
   スロバキアに赴任するまでは、日本人の私は「発酵キャベツ」と聞くと、ドイツ料理のアイスバイン(塩漬け豚すね肉の煮込み)に添えるザワークラウト、位のイメージしか思い浮かびませんでした。しかし当国に赴任してスロバキアの人々から色々話を聞くにつれ、発酵キャベツはスロバキアやポーランドなど中東欧の多くの国々で広く作られ食べられており、その味も様々であることを知りました。
   更に、「キスラー・カプスタ」と呼ばれるスロバキアの発酵キャベツを実際に食べ、更に色々と調べていくにつれ、この美味しい食べ物が、長く寒い冬を健康に乗り切るための「スーパー・フード」である、ということに気が付きました。
 
   「キスラー・カプスタこと、スロバキアの発酵キャベツはスーパー・フード」、というと、日本人のみならず一部のスロバキアの人も首をかしげるかもしれません。しかし以下申し上げるとおり、これは歴とした裏付けのできる真実なのです。
 
   古代ギリシャの時代に、キャベツは胃腸の調子を整える薬草としてすでに知られていました。現代の科学によれば、キャベツはビタミンUを多く含有しているほか、ビタミンC、カルシウム、ベータカロチン、カリウム、葉酸などを豊富に含んでいることが分かっています。その内ビタミンUについては、別名キャベジンとも言い、強い整腸作用の薬効があります。また、ビタミンCについては、キャベツの葉3枚を食べると、成人が一日に必要な量がとれてしまうほど豊富だそうです。
   但し、ビタミンU(キャベジン)もビタミンCも、生の状態で摂取しないとその効果は十分現われません。すなわち加熱調理してしまうと、その効能が大きく減じてしまうのです。したがって、キャベツは、キスラー・カプスタのように生のままで食べるのが体に一番良いことになります。日本では、トンカツを食べるときに生キャベツの千切りを添える習慣があります。これには、脂っこい豚肉の揚げ物を食べる際に、胃腸の負担を和らげ消化を助けるため整腸作用の強い生のキャベツを添える、という立派な栄養学的根拠があるのです。
 
   しかし、キスラー・カプスタが「スーパー・フード」である大きな理由は、もう一つあります。それは、キスラー・カプスタが生のキャベツを乳酸発酵させた、乳酸菌豊かな発酵食品である、ということです。
 
   ヨーグルトなどでお馴染みの乳酸菌は、腸内の細菌環境を整え、悪玉菌をやっつけ善玉菌を増やす作用が大きいと言われています。
   腸、というと、食物を消化吸収する体の器官、というイメージが一般的です。しかし最近の研究によれば、人間の腸には脳に匹敵する量の神経細胞が張り巡らされており、人間の体全体や精神、心を調整しコントロールする役割も果たしていることが明らかになっています。ちなみに英語でgut feelingという表現は「直観」を意味しますが、このgutの本来の意味は「腸」です。すなわち腸が心に影響することを、先人たちは科学的に証明される前から「直観的に」知っていたことになります。
 
   このように、腸は食物の消化吸収のみならず、人間の体や精神の維持バランスに大きな役割を果たしています。
 
   キスラー・カプスタには、胃腸を整えるキャベジンことビタミンUのみならず、腸内環境を良好にする乳酸菌がたくさん含まれています。更に、多量のビタミンCはじめ、種々のビタミン群を生の状態で有しています。これらは特に野菜や果物が少なくなる冬の期間において、人々が健康を維持していく上で重要な役割を果たします。
 
   以上の説明から、キスラー・カプスタが栄養満点のスーパー・フードである、ということがお分かりいただけたと思います。
 
   実は、私がなぜこんなにキスラー・カプスタを持ち上げるかというと、この秋以来スロバキアのキスラー・カプスタに「はまって」しまい、ここ数か月、毎週末のようにキスラー・カプスタを買っては、毎日朝晩食べているからです。
 
   キスラー・カプスタを購入するのは、首都ブラチスラバ市内にあるミレチチョバー市場と決めています。ここは共産主義時代から続いている、古い公設の青空市場です。週末の土曜日、雨が降らない限り、私はまだ薄暗い早朝に自宅(公邸)を出て、約20分かけてジョギングしてこの市場に行きます。すでに市場内にはたくさんのキスラー・カプスタ売りの屋台が出ています。その中で、日本大使館のスロバキア人スタッフが一番おいしいと教えてくれた、お爺さんが自家製のキスラー・カプスタを売っている店に行って購入します。
   その屋台には、人がしゃがんで入れるほど大きな木の桶が二つ据えてあり、一つ目の桶では甘酸っぱいキスラー・カプスタ(私は「甘酢漬け」と勝手に呼んでいます)、二つ目の桶ではさっぱりした塩気の強いもの(「塩漬け」と呼んでいます)が夫々売っています。注文すると、お爺さんがビニールの手袋で桶の中のキスラー・カプスタをざっくりと掴んで袋に入れてくれます。更に、キスラー・カプスタのつけ汁だけをペットボトルに詰めたものも、別途売っています。
   写真(上)にあるのが、私がいつもその屋台で買っているキスラー・カプスタです。左のビニール袋が「甘酢漬け」1キロ、右が「塩漬け」1キロ、その間に立っている1リットル瓶が漬け汁です。ちなみにこれら全部で4ユーロ弱(約500円)です。
 
   私は、「甘酢漬け」を毎日の朝晩の食事の際に、生のそのままで食べています。そのせいか、お腹も体も最近きわめて快調です。
 
   「塩漬け」の方は、色々な料理に使うことが多いのですが、私は先週末、カプストニツァ、という発酵キャベツのスープを自分で作ってみました。このブログの第13話でもご紹介しましたが、カプストニツァは寒い季節に良く食べられるスロバキアの代表的なスープで、そのレシピはスロバキアの家庭毎に様々だそうです。
   スロバキア人ではない私は、スロバキア人の知人からレシピをもらって見様見真似で料理してみました。できたスープは、キスラー・カプスタの酸味、煮込んだリンゴや玉ねぎの甘味、トロトロになった燻製肉やキノコのうまみ、そして種々の香辛料のスパイス味が混じって舌がとろけるような美味しさでした。また、体が温まるとともに、栄養満点であったことは言うまでもありません。
 
   なお、キスラー・カプスタの漬け汁について、私は料理に使うだけでなく、生のままでも飲んでいます。塩気が強いので大量には飲めませんが、乳酸菌発酵の酸っぱさと甘さが混ざった、複雑でうま味の強い味です。ビタミンUやビタミンC、乳酸菌を生のままで体に取り込んでいる、という実感がします。
 
   日本では今、発酵食品が健康に良く、食べ物を美味しくするとして、ちょっとした「発酵食品ブーム」が起きているそうです。
 
   日本には醤油、味噌、そして前回のブログでも紹介した納豆をはじめ、様々な発酵食品があります。私がキスラー・カプスタを味わいながら思い出したのは、日本の「糠漬け」でした。
   「糠」とは米などの穀物を精白した際に出る果皮や種皮、胚芽などの粉のことです。ビタミンや希少元素など栄養分が豊富に含まれていると言われています。「糠漬け」とは、この糠に食塩水を混ぜた上で(これを「糠床」、と言います)、そこに胡瓜や茄子など色々な野菜を漬け込み、糠床の中で乳酸発酵させた上で、食べるものです。写真(下)をご覧ください。
   糠漬けは、キスラー・カプスタと材料や作り方は若干異なりますが、生の野菜を乳酸菌の力を借りて発酵させる点では同じです。野菜の生のビタミンや栄養素がそのまま保たれて、更に発酵の力で旨味がぐんと増す点も同様です。日本では美味しい糠漬けの野菜があれば、それをおかずにして白い御飯がお茶碗何杯でも食べられてしまう、とも言われています。

 
   地理的には遠いスロバキアと日本ですが、「発酵食品」を通じでも両国の文化や暮らしは繋がっていることがわかりました。
 
   文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)