第二十三話 「ブラチスラバの空の下、チガーンスカ・ペチエンカの匂いは流れる」
平成29年12月15日
スロバキアの首都、ブラチスラバの夏は、湿気が少なくてさわやかな晴れの日が毎日のように続きます。その代わりといってはなんですが、冬はどんよりとした曇りの日が多く続き、雨、時には雪の日も多いのが特徴です。「梅雨があり、湿気が多く暑くて過ごしにくい夏」と、「空気が乾き、寒いがさわやかな快晴の日が多い冬」の東京の気候とは対照的です。
また、スロバキアは日本よりかなり高い緯度に位置するので、日本と比べると、夏は日が長い代わりに冬の日は短いです。12月の冬至近くともなると、朝7時過ぎにやっと空が明るくなってくるかと思うと、夕方5時前にはもう、日が沈んでしまいます。
寒くて暗い冬の天気に、人々の心はとかく沈んでしまいがちです。そんな中、人々の気持ちを明るくし、元気づけてくれるものが、市内の各地で開かれるクリスマス・マーケットです。
ブラチスラバでは毎年11月末になると、日本大使館のある中央広場、アメリカ大使館やドイツ大使館のあるフヴィエズドスラウ広場、そしてブラチスラバ城の構内にそれぞれクリスマス・マーケットがオープンします。
各会場では、ペンキで赤白色にかわいらしく塗られた木造の小さなお店が、広場の中に肩を寄せ合うように所狭しと建てられます。
それぞれのお店で売っているものは、本当に様々で、全部をご紹介することは事実上不可能です。
例えば「お土産系」ですと、クリスマスの飾り(オーナメント)から始まり、種々のアクセサリー、民芸品、おもちゃ、毛糸の帽子やマフラー、コーヒーカップなどの食器、などさまざまな屋台が出ています。
「飲み物」系では、ホットワイン(赤、白)、プンチ(ホットワインに種々のスパイスや少量のラム酒を仕込んだもの)、この秋に取れたワインの新酒、更には、はちみつから作った暖かいはちみつ酒などが売っています。それぞれ一杯1~2ユーロ(200円前後)で買え、寒さで凍えがちな体を、「優しく」温めてくれます(何杯も飲みすぎなければ、ですが)。
「食べ物系」は、種類が多すぎて、ご紹介するのにこちらの目が回りそうになりますが、思いだせる限りでいくつかを挙げてみます。
チガーンスカ・ペチエンカは、鶏肉や豚肉等を鉄板で豪快に焼いて、炒めた玉ねぎ等とともに、温めた丸パンにはさんで食べる、ホット・サンドイッチです。
クロバーサは、スロバキア特産の大きな豚のソーセージで、焼きたてをほお張ります。
前回ブログで御紹介した発酵キャベツのスープ(カプストニツァ)ももちろん売っています。体が本当に温まります。
ゼミアコヴェー・プラツキは、細切りにしたジャガイモをお皿の形の円盤状に固めて、油で丸ごと揚げた、スロバキア風フライドポテトです。
ロクシェは、ジャガイモの粉と小麦粉を水で溶いた上でクレープのように薄く焼きあげ、それに芥子の実の甘いペーストやジャム、ヌテラ、あるいは発酵キャベツなどの種々の「具」を巻き込んだ上で、温めて食べるスナックです。
トルデルニークは、スロバキア北西部スカリッツァ町の名物で、ホットケーキの生地を鉄の筒に巻き付けくるくる回しながら香ばしく焼き上げ、それにココアや粉砂糖などの甘い粉を転がしてまぶして、ホカホカを食べるお菓子です(日本ではチェコのお菓子だと誤解されているようですが、実はスロバキアが原産で、その旨、欧州委員会(EU)の地理的表示保護制度にも登録されています)。
これら以外にも、焼き栗、焼き芋、チョコレート、クリスマスの砂糖菓子などなど。更に珍しいところでは日本食(うどんや餃子等)の屋台もあり、目白押しです。
これら様々な屋台を見て回っていれば、一日過ごしても飽きることはないでしょう。日本大使館の窓から眼下のマーケットを見ていると、午前10時過ぎから深夜まで、沢山の人々が訪れ、買い物をし、食べ物をほお張っています。特に日が暮れる17時頃から夜にかけては大変な人出で、ホットワインやはちみつ酒で少し良い気分になった人々のざわめきや、特設の音楽ステージから流れるクリスマス・ソングの音も相まって大変な賑わい様です。石畳の広場や周りの教会の尖塔などもライトアップされて、とてもきれいです。
欧州では、毎年冬になると、中東欧を中心に多くの国々でクリスマス・マーケットが立つようです。それらの中で、ここブラチスラバのマーケットは決して大規模なものではありませんが、中世から続くしっとりとした雰囲気の古い町並みの中に、ぎっしりと赤白の様々なお店が並んでいるという点で人気があるようです。
報道等によれば、このクリスマス・マーケットのお店(屋台)を借りる借り賃は、一軒、クリスマスマーケット期間(2017年は11月24日~12月22日)、1500ユーロ(約20万円)から高いものでは20000ユーロ(約260万円)もするそうです。それだけ払っても儲けが出るのでしょうから、このマーケットにいかに沢山の人々が来て、お店が流行っているか、ということがわかります。
地元の人々のみならず国外からの観光客も多く、最近のある調査では、ヨーロッパの各国で冬に行われるクリスマス・マーケットの中で、ベスト5に選ばれた、とのことです。
なお、私が働いている日本大使館はこのクリスマス・マーケットの会場の真ん前に位置することから、11月末から12月のこの季節になると、マーケットの賑わいと音楽が、朝から晩までオフィスの中に聞こえてくることになります。仕事のバック・グラウンド・ミュージックです。
寒い季節ですが、時々部屋の換気のために窓を開けると、外から肉やソーセージを焼く香ばしい匂いが室内に流れ込んできます。昔、パリに住む日本人女性の書いた料理エッセイで、「パリの空の下、オムレツの匂いは流れる」という本がありました。私の場合、「ブラチスラバの空の下、チガーンスカ・ペチエンカの匂いは流れる」を実感している次第です。
最後に、ブラチスラバのクリスマス・マーケットを見ていて連想するのは、日本の夏祭りです(写真下参照)。クリスマス・マーケットが行われるのが冬であるのに対し、日本の夏祭りが行われるのは夏です。また、前者は町の中心部の広場等で行われるのに対し、後者は神社やお寺などの境内や門前町で行われるという点で、それぞれ違います。
また、スロバキアは日本よりかなり高い緯度に位置するので、日本と比べると、夏は日が長い代わりに冬の日は短いです。12月の冬至近くともなると、朝7時過ぎにやっと空が明るくなってくるかと思うと、夕方5時前にはもう、日が沈んでしまいます。
寒くて暗い冬の天気に、人々の心はとかく沈んでしまいがちです。そんな中、人々の気持ちを明るくし、元気づけてくれるものが、市内の各地で開かれるクリスマス・マーケットです。
ブラチスラバでは毎年11月末になると、日本大使館のある中央広場、アメリカ大使館やドイツ大使館のあるフヴィエズドスラウ広場、そしてブラチスラバ城の構内にそれぞれクリスマス・マーケットがオープンします。
各会場では、ペンキで赤白色にかわいらしく塗られた木造の小さなお店が、広場の中に肩を寄せ合うように所狭しと建てられます。
それぞれのお店で売っているものは、本当に様々で、全部をご紹介することは事実上不可能です。
例えば「お土産系」ですと、クリスマスの飾り(オーナメント)から始まり、種々のアクセサリー、民芸品、おもちゃ、毛糸の帽子やマフラー、コーヒーカップなどの食器、などさまざまな屋台が出ています。
「飲み物」系では、ホットワイン(赤、白)、プンチ(ホットワインに種々のスパイスや少量のラム酒を仕込んだもの)、この秋に取れたワインの新酒、更には、はちみつから作った暖かいはちみつ酒などが売っています。それぞれ一杯1~2ユーロ(200円前後)で買え、寒さで凍えがちな体を、「優しく」温めてくれます(何杯も飲みすぎなければ、ですが)。
「食べ物系」は、種類が多すぎて、ご紹介するのにこちらの目が回りそうになりますが、思いだせる限りでいくつかを挙げてみます。
チガーンスカ・ペチエンカは、鶏肉や豚肉等を鉄板で豪快に焼いて、炒めた玉ねぎ等とともに、温めた丸パンにはさんで食べる、ホット・サンドイッチです。
クロバーサは、スロバキア特産の大きな豚のソーセージで、焼きたてをほお張ります。
前回ブログで御紹介した発酵キャベツのスープ(カプストニツァ)ももちろん売っています。体が本当に温まります。
ゼミアコヴェー・プラツキは、細切りにしたジャガイモをお皿の形の円盤状に固めて、油で丸ごと揚げた、スロバキア風フライドポテトです。
ロクシェは、ジャガイモの粉と小麦粉を水で溶いた上でクレープのように薄く焼きあげ、それに芥子の実の甘いペーストやジャム、ヌテラ、あるいは発酵キャベツなどの種々の「具」を巻き込んだ上で、温めて食べるスナックです。
トルデルニークは、スロバキア北西部スカリッツァ町の名物で、ホットケーキの生地を鉄の筒に巻き付けくるくる回しながら香ばしく焼き上げ、それにココアや粉砂糖などの甘い粉を転がしてまぶして、ホカホカを食べるお菓子です(日本ではチェコのお菓子だと誤解されているようですが、実はスロバキアが原産で、その旨、欧州委員会(EU)の地理的表示保護制度にも登録されています)。
これら以外にも、焼き栗、焼き芋、チョコレート、クリスマスの砂糖菓子などなど。更に珍しいところでは日本食(うどんや餃子等)の屋台もあり、目白押しです。
これら様々な屋台を見て回っていれば、一日過ごしても飽きることはないでしょう。日本大使館の窓から眼下のマーケットを見ていると、午前10時過ぎから深夜まで、沢山の人々が訪れ、買い物をし、食べ物をほお張っています。特に日が暮れる17時頃から夜にかけては大変な人出で、ホットワインやはちみつ酒で少し良い気分になった人々のざわめきや、特設の音楽ステージから流れるクリスマス・ソングの音も相まって大変な賑わい様です。石畳の広場や周りの教会の尖塔などもライトアップされて、とてもきれいです。
欧州では、毎年冬になると、中東欧を中心に多くの国々でクリスマス・マーケットが立つようです。それらの中で、ここブラチスラバのマーケットは決して大規模なものではありませんが、中世から続くしっとりとした雰囲気の古い町並みの中に、ぎっしりと赤白の様々なお店が並んでいるという点で人気があるようです。
報道等によれば、このクリスマス・マーケットのお店(屋台)を借りる借り賃は、一軒、クリスマスマーケット期間(2017年は11月24日~12月22日)、1500ユーロ(約20万円)から高いものでは20000ユーロ(約260万円)もするそうです。それだけ払っても儲けが出るのでしょうから、このマーケットにいかに沢山の人々が来て、お店が流行っているか、ということがわかります。
地元の人々のみならず国外からの観光客も多く、最近のある調査では、ヨーロッパの各国で冬に行われるクリスマス・マーケットの中で、ベスト5に選ばれた、とのことです。
なお、私が働いている日本大使館はこのクリスマス・マーケットの会場の真ん前に位置することから、11月末から12月のこの季節になると、マーケットの賑わいと音楽が、朝から晩までオフィスの中に聞こえてくることになります。仕事のバック・グラウンド・ミュージックです。
寒い季節ですが、時々部屋の換気のために窓を開けると、外から肉やソーセージを焼く香ばしい匂いが室内に流れ込んできます。昔、パリに住む日本人女性の書いた料理エッセイで、「パリの空の下、オムレツの匂いは流れる」という本がありました。私の場合、「ブラチスラバの空の下、チガーンスカ・ペチエンカの匂いは流れる」を実感している次第です。
最後に、ブラチスラバのクリスマス・マーケットを見ていて連想するのは、日本の夏祭りです(写真下参照)。クリスマス・マーケットが行われるのが冬であるのに対し、日本の夏祭りが行われるのは夏です。また、前者は町の中心部の広場等で行われるのに対し、後者は神社やお寺などの境内や門前町で行われるという点で、それぞれ違います。
しかし、沢山の屋台が並び、素朴で野趣に富み、安くて美味しい種々の食べ物や飲み物などが売っている、という点では両者は共通しています。焼き栗は日本の夏祭りの屋台でも売っています。また、お好み焼きは、最近ブラチスラバ市旧市街にある日本料理店でも食べられるようになりましたが、クリスマス・バザールで売っているロクシェと似ているところもあります。
冬の気候が厳しいスロバキア、そして、夏の気候が厳しい日本。
各々の国で、人々はそれぞれを元気に乗り切ろうとして、マーケットを開き、そして屋台に向かうのでしょうか。
大使館の窓から、中央広場に立つ大きな樅ノ木のクリスマス・ツリーと、クリスマス・マーケットの人々の賑わいを見ながら、遠い日本を思った次第でした。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)
冬の気候が厳しいスロバキア、そして、夏の気候が厳しい日本。
各々の国で、人々はそれぞれを元気に乗り切ろうとして、マーケットを開き、そして屋台に向かうのでしょうか。
大使館の窓から、中央広場に立つ大きな樅ノ木のクリスマス・ツリーと、クリスマス・マーケットの人々の賑わいを見ながら、遠い日本を思った次第でした。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)