第二十六話 映画を通じて知る、その国の魅力

平成30年5月10日
     スロバキアに住んで2年間が過ぎました。毎朝、犬を連れて公邸の側にあるホルスキー・パーク(山の公園)を歩いていると、スロバキアの自然の移り変わりを、体全体で感じ取られます。例えば、イースター休暇(3月末から4月始め)が終わると春がやってきて、レイバー・デー(5月1日)が終わると、季節が春から夏に移り始めるような気がします。
     今、暦は5月に入りました。公園内は一斉に草葉を伸ばし始めた木々の緑で埋まっており、緑のトンネルの中を歩いているようです。
 
     ブログの第24話(2月20日付け)でもご紹介しましたが、公園内で犬を連れて歩いていると、スロバキア人から「ハチ公、ハチ公」と呼びかけられることがしょっちゅうです。これは、リチャード・ギア主演のハリウッド映画「HACHI 約束の犬(英語タイトルはHACHI: A Dog’s Tale)」(2009年作)に出てくる主人公の秋田犬「HACHI」が、私の連れている柴犬に似ているからです。
 
     スロバキア人の方々は、どのような映画を通じて日本に対するどのようなイメージをもっておられるのでしょうか?
     映画「HACHI」は日本での実話を元に作られた話ですが、舞台を米国、主人公もアメリカ人に移し替えてリメイクしている米国作品なので、日本を直接知ることには必ずしもつながりません。
 
     私が2007年から2010年まで米国(ワシントンDC)に勤務していた際に、毎年約10名の米国人(議会補佐官)を日本に1週間の日程で連れて行く、日本政府の招待プログラムがありました。多くの参加者から「東京の新宿にあるパーク・ハイアットホテルのバーに連れて行ってほしい」と具体的に言われて、びっくりしたことを覚えています。
     それは、ハリウッド映画で2004年に米アカデミー脚本賞を受賞した、「ロスト・イン・トランスレーション(Lost in Translation)」の影響でした。日本を舞台としたこの映画の中では、主人公の俳優(ビル・マーレイ)とヒロインの女性(スカーレット・ヨハンソン)が東京でばったりと出会います。その場所が、新宿パーク・ハイアット内の最上階にあり東京の美しい夜景を一気に見下ろせる美しいバーであることから、東京訪問の際には是非ともその場所に行ってみたい、との希望が出たわけでした。
 
     在スロバキア日本大使館では、毎年、ブラチスラバ市内で日本映画祭を開催し、何本かの日本映画を紹介しています。これらを見て、スロバキアの観客の方々が「日本の○○という場所に行ってみたい」と思うようになっていただければ、こちらにとってしめたものです。
     しかし実際は、「映画の舞台となっているその国に行って見たくなる」、「映画に出演している国の人々と知り合いたくなる」、更には「その国の言葉を勉強したくなる」、とまで思わせる映画には、相当の「訴求力」が必要でしょう。良い観客と良い映画の出会いとは、簡単そうで中々難しいものだと実感している次第です。これからも、日本の魅力をうまく伝える映画をスロバキアの方々に紹介していければ、と思っています。
 
     ところで、スロバキアを舞台とした外国映画にはなにがあるのでしょうか?今まで多くのスロバキア人にこの質問を投げてみたのですが、回答は必ずしも芳しくありません。今までに返ってきた具体的返事は一つだけ、それは、ハリウッド映画の「ピースメーカー」(1997年作)です。
     ジョージ・クルーニー主演のこの映画は、テロリストによってロシアから盗まれた核兵器を巡り、核爆発を未然に防ぐために主人公(クルーニー)やヒロイン(ニコール・キッドマン)がロシアからヨーロッパ、更には米国のニューヨークと世界を股にかけて大活躍する話です。私もDVDを購入して見てみましたが、確かに映画の中ではブラチスラバ市内が相当出てきます。しかし「残念」なことに、ウィーンが舞台、という説明で映画の話が進んでいくので、聴衆の多くは、美しいブラチスラバ旧市街の情景をウィーンだと勘違いしたまま、映画を見終わることになります。
 
     日本映画では例えば、クラシック音楽を学ぶ日本人の若手男性指揮者と若手女性ピアニストの恋愛などを描いた「のだめカンタービレ最終楽章」(前編2009年、後編2010年))のロケがブラチスラバで行われています。この映画は日本国内でベストセラーとなった漫画「のだめカンタービレ」を原作に作られており、映画内では数多くのクラシック音楽が演奏され、ヨーロッパの各地の古都が映されています。私はこの映画を見ていないので確固たることは言えないのですが、人から聞いたところでは、ブラチスラバ市の旧市街に位置する旧国立劇場(写真上)やレデゥタ(スロバキアフィルハーモニー管弦楽団本拠地)などがロケの舞台として使われたものの、映画内ではそれがウィーン、あるいはパリの場面として紹介されているようです。上述の「ピースメーカー」と同じパターンで、「残念」です。
 
     ハリウッドはじめ、外国の映画を通じてスロバキアの魅力を世界に伝えることは大事だと思いますが、同時に、魅力的なスロバキアの映画を世界に広めていくことも重要だと思います。
     最近私は、知己を得たスロバキアの映画俳優の紹介で、彼が主演級を務める映画「The Line」(スロバキア語ではCiara)を見る機会がありました(英文の字幕付)。この映画は、スロバキアがEU(欧州連合)の東のボーダーに位置することを背景に、隣国ウクライナ(EU外)からスロバキア(EU内)に入ってくる闇タバコや麻薬等を巡る密輸、汚職などをリアルに描いた映画です。映画の中では複雑な恋愛もあり殺人もありと、最初から最後まで手に汗握るスリリングな展開で、同時に、EU内と外との所得の格差、密輸や難民の問題等、映画鑑賞後も色々と考えさせられることの多い、魅力的な作品でした。
     この映画は昨年欧州内で大きな賞を取り、米国のアカデミー賞最優秀外国語映画賞にもエントリーされたのですが、ノミネートを逃しました。ノミネートされれば大きな配給会社が後ろについて、日本で紹介される可能性もあっただけに、「残念」です。
 
     スロバキアに住んでいて感じるフラストレーションの一つは、スロバキア人により多くの魅力的な映画が作られているにもかかわらず、英語の字幕つきや吹き替えなどによる、スロバキア語を解さない外国人が楽しめる映画が殆どないことです。外国映画がスロバキア内で紹介される際にスロバキア語の字幕がつけられることはしょっちゅうですが、その逆はあまりありません。このことが、スロバキア映画、ついてはスロバキアの文化を世界に紹介していく上で、一つの障壁になっているように思われ、「残念」です。
 
     今回は「残念」な話が多くなってしまいましたが、前向きに言えば、これらを乗り越えれば、日本とスロバキアがより良く知り合うことができる「潜在性」が高い、とも言えるのではないでしょうか。
 
      スロバキアは今、春から初夏に移ろうとする5月にあります。
     晴天が続く毎日、真っ青な空、きらめく陽光、さらっと乾いた空気、暑くもなく寒くもない心地よい気温など、素晴らしい季節です。朝は6時頃空が明るくなり、夕方は8時過ぎまで陽が残っています。
     朝、昼、晩と、街中では多くの人々が戸外のカフェで、コーヒーや軽食、ビールなどを楽しんでいます(写真下)。レストランでも室内より室外のテラスで食事を取る客の方が多くなります。週末になると、郊外の森にハイキング、ジョギング、バイセクリング、キャンピング等に繰り出す人々が沢山です。
     そんな素晴らしいスロバキアの空の下、positive thinkingで考えてみた次第です。

     文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)