第二十八話 スロバキアの「長時間」結婚披露宴
平成30年7月10日
外国に赴任して勤務する際に、その国の人々と親しくなり交流することは、我々外交官の仕事の一部であると同時に、社会や文化に対する自分の見聞や知識を広げることにつながります。特に私は、その国の人々の「冠婚葬祭」に招かれることは貴重な機会になると考えています。
かつて勤務したフランス、ベルギー、タイ、米国、そしてジブチ(アフリカ)ではそのような機会がありました。今回日本大使としてスロバキアに勤務して2年が経ち、スロバキア人の結婚式に招かれる機会に二度恵まれました。
日本での結婚式というのは、神前、キリスト教式、仏式と色々ありますが、まず神社、教会、お寺などにおいて結婚の誓いをする結婚式典が短時間あって、その後に、新郎新婦、その親族、そして参列者などがホテルまたはレストラン等に移動して、そこで共に食事を取りながら2時間位の披露宴を行う、というのが一般的なパターンではないかと思います。その披露宴では、司会役の進行の下に、まず主賓のお客様が挨拶をし、来賓による乾杯の音頭があり、その後新郎側、新婦側の友人代表等が何人か挨拶し、最後には新郎か新婦の両親(通常は新郎の父親)が親戚一同を挨拶して終わるのが普通です。最近は日本でもカジュアルな披露宴が増えてきたと思いますが、それでも出席者は、男性は背広にネクタイを締めて、女性もきれいに着飾り、皆、行儀良く各テーブルに座って、次々と行われるスピーチを神妙に聞きながら、食事をし、お酒を飲みながら穏やかに歓談する、という基本形は変わらないと思います。要するに、日本での結婚披露宴は、事前にシナリオがきちっと作られ、オーガナイズされているものが殆どではないか、ということです。
これに比べて、スロバキアの結婚式はより大らかで、新郎新婦はじめ出席者が皆、思いっきり楽しむことが前面に出ているような気がします。
結婚の誓いをする「式典」については、教会で行うキリスト教式典か、市役所の代表(市長またはその代理等)の面前で行う人前式典が多いようです。これらについては陪席していて、日本人としてさほど違和感は持ちません。しかし、その後の披露宴が、我々(日本人)には信じられないほど長時間で、パワフルなのです。
今まで二回出席しただけなのではっきりしたことは言えませんが、結婚披露宴は大体夕方の4時か5時頃から始まって、翌朝の5時から6時頃まで延々と続くのがスロバキアでは普通のようです。最初は乾杯して、フルコースの食事が振る舞われますが、やがてお酒が回り始め、場の雰囲気が盛り上がってくると、音楽に合わせて新郎新婦が踊り始め、更にその内参列者も皆参加して、ガンガン音楽が流れる中、翌朝まで延々とダンスタイムが続きます。私はそれにつきあうだけの体力も気力もなく、二回とも、夜の9-10時頃に失礼してしまったのですが、後で聞いたところによれば、朝まで元気に踊り続けるために、夜半過ぎにもう一度食事が供されることもあるとのことでした。
最近(二回目に)招待された結婚式、披露宴には、子供を連れた親戚や招待客が沢山来ていました(これも日本ではあまりないことです)。首都ブラチスラバから車で2時間離れた風光明媚な山荘での結婚式だったのですが、夕方披露宴が始まってしばらくすると、子連れの招待客達の殆どが、子供を連れて外に遊びに行ってしまいました。他の招待客の多くも庭に散歩に行ったりしてしまい、披露宴会場の中はガラガラです。廻りの人に「なぜ皆外に行ってしまうのだ?」と質問したところ、答えは「子供が遊び疲れて寝てしまうまで、皆、時間を潰しているんだ。9時頃になれば子供達はみんな寝てしまうだろうから、それから大人だけで思いっきり飲んで、食べて、朝まで踊るのだ」との説明でした。
ちなみに、この夕刻から翌朝までの約12時間コースの披露宴はスロバキアではまだ「短い方」で、スロバキア東部の地方などでは、二晩続けて(すなわち18時間から24時間コースで)披露宴を行うことも多いとのことです。
恐るべきスロバキア人の体力です。それにしても、どれだけ食べてもどれだけ飲んでも、彼らが泥酔したり酔っ払って眠り込んだりしないことには、本当に感心します(日本では毎晩夜更けになると、鉄道や地下鉄の駅で酔っ払って寝込んでいる男性などをよく見かけますが、スロバキアではそういう人を見たことが殆どありません)。
最後に、スロバキアの結婚式で、ほほえましく楽しいとおもった行事(儀式)を二つご紹介します。いずれも結婚式典の後、披露宴の前に行われるのが普通のようです。
一つは、司会者がお皿をわざと地面に落として粉々に割ります。その破片を、新郎と新婦が箒とちりとりを持って一生懸命集めようとします。そうすると、参列者がわざとそれを邪魔して妨害します。これは、結婚して夫婦となった後に、様々な困難や(嫌がらせ)に直面することもあるだろうが、夫婦で協力努力してそれを乗り切りなさい、という象徴的な意味があるようです。
もう一つは、司会者が沢山の小銭をわざと地面にばらまきます。それを新郎と新婦が競い合って拾います。新郎新婦、より沢山の小銭を拾えた方が、新しい家庭でお金の管理(財布のひも)を握れるようになる、という俗信があるようです。
日本人の多くにとって、結婚式・披露宴は厳粛でかなりフォーマルなものです。スロバキア人の底抜けに明るい結婚式に出てみると、我々(日本人)ももう少しカジュアルに、楽しくやってもよいのかな、と思った次第です。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)
かつて勤務したフランス、ベルギー、タイ、米国、そしてジブチ(アフリカ)ではそのような機会がありました。今回日本大使としてスロバキアに勤務して2年が経ち、スロバキア人の結婚式に招かれる機会に二度恵まれました。
日本での結婚式というのは、神前、キリスト教式、仏式と色々ありますが、まず神社、教会、お寺などにおいて結婚の誓いをする結婚式典が短時間あって、その後に、新郎新婦、その親族、そして参列者などがホテルまたはレストラン等に移動して、そこで共に食事を取りながら2時間位の披露宴を行う、というのが一般的なパターンではないかと思います。その披露宴では、司会役の進行の下に、まず主賓のお客様が挨拶をし、来賓による乾杯の音頭があり、その後新郎側、新婦側の友人代表等が何人か挨拶し、最後には新郎か新婦の両親(通常は新郎の父親)が親戚一同を挨拶して終わるのが普通です。最近は日本でもカジュアルな披露宴が増えてきたと思いますが、それでも出席者は、男性は背広にネクタイを締めて、女性もきれいに着飾り、皆、行儀良く各テーブルに座って、次々と行われるスピーチを神妙に聞きながら、食事をし、お酒を飲みながら穏やかに歓談する、という基本形は変わらないと思います。要するに、日本での結婚披露宴は、事前にシナリオがきちっと作られ、オーガナイズされているものが殆どではないか、ということです。
これに比べて、スロバキアの結婚式はより大らかで、新郎新婦はじめ出席者が皆、思いっきり楽しむことが前面に出ているような気がします。
結婚の誓いをする「式典」については、教会で行うキリスト教式典か、市役所の代表(市長またはその代理等)の面前で行う人前式典が多いようです。これらについては陪席していて、日本人としてさほど違和感は持ちません。しかし、その後の披露宴が、我々(日本人)には信じられないほど長時間で、パワフルなのです。
今まで二回出席しただけなのではっきりしたことは言えませんが、結婚披露宴は大体夕方の4時か5時頃から始まって、翌朝の5時から6時頃まで延々と続くのがスロバキアでは普通のようです。最初は乾杯して、フルコースの食事が振る舞われますが、やがてお酒が回り始め、場の雰囲気が盛り上がってくると、音楽に合わせて新郎新婦が踊り始め、更にその内参列者も皆参加して、ガンガン音楽が流れる中、翌朝まで延々とダンスタイムが続きます。私はそれにつきあうだけの体力も気力もなく、二回とも、夜の9-10時頃に失礼してしまったのですが、後で聞いたところによれば、朝まで元気に踊り続けるために、夜半過ぎにもう一度食事が供されることもあるとのことでした。
最近(二回目に)招待された結婚式、披露宴には、子供を連れた親戚や招待客が沢山来ていました(これも日本ではあまりないことです)。首都ブラチスラバから車で2時間離れた風光明媚な山荘での結婚式だったのですが、夕方披露宴が始まってしばらくすると、子連れの招待客達の殆どが、子供を連れて外に遊びに行ってしまいました。他の招待客の多くも庭に散歩に行ったりしてしまい、披露宴会場の中はガラガラです。廻りの人に「なぜ皆外に行ってしまうのだ?」と質問したところ、答えは「子供が遊び疲れて寝てしまうまで、皆、時間を潰しているんだ。9時頃になれば子供達はみんな寝てしまうだろうから、それから大人だけで思いっきり飲んで、食べて、朝まで踊るのだ」との説明でした。
ちなみに、この夕刻から翌朝までの約12時間コースの披露宴はスロバキアではまだ「短い方」で、スロバキア東部の地方などでは、二晩続けて(すなわち18時間から24時間コースで)披露宴を行うことも多いとのことです。
恐るべきスロバキア人の体力です。それにしても、どれだけ食べてもどれだけ飲んでも、彼らが泥酔したり酔っ払って眠り込んだりしないことには、本当に感心します(日本では毎晩夜更けになると、鉄道や地下鉄の駅で酔っ払って寝込んでいる男性などをよく見かけますが、スロバキアではそういう人を見たことが殆どありません)。
最後に、スロバキアの結婚式で、ほほえましく楽しいとおもった行事(儀式)を二つご紹介します。いずれも結婚式典の後、披露宴の前に行われるのが普通のようです。
一つは、司会者がお皿をわざと地面に落として粉々に割ります。その破片を、新郎と新婦が箒とちりとりを持って一生懸命集めようとします。そうすると、参列者がわざとそれを邪魔して妨害します。これは、結婚して夫婦となった後に、様々な困難や(嫌がらせ)に直面することもあるだろうが、夫婦で協力努力してそれを乗り切りなさい、という象徴的な意味があるようです。
もう一つは、司会者が沢山の小銭をわざと地面にばらまきます。それを新郎と新婦が競い合って拾います。新郎新婦、より沢山の小銭を拾えた方が、新しい家庭でお金の管理(財布のひも)を握れるようになる、という俗信があるようです。
日本人の多くにとって、結婚式・披露宴は厳粛でかなりフォーマルなものです。スロバキア人の底抜けに明るい結婚式に出てみると、我々(日本人)ももう少しカジュアルに、楽しくやってもよいのかな、と思った次第です。
文責 日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)