第二十九話 猛暑の過ごし方 ~「風鈴」と「ワインのジュース」ブルチャーク~

平成30年8月9日
   7月後半から8月にかけて、日本各地では連日40度を超える記録的猛暑が各地を襲っています。特に、自然が少なく、ビルや道路など人口建造物で覆われている大都会では気温上昇が顕著なようです。これは、太陽熱が地上のアスファルトやコンクリートに籠って街中が「蒸し風呂」状態になり、周辺の地域よりも都市部の気温が島状に高くなる「ヒートアイランド現象」によるものだとも言われています。人口が一千万人を超える東京では、夜になっても気温が25度以上の「熱帯夜」が続いているようです。
 
   最近の異常気象の背景には地球温暖化の影響があるとも言われています。尤も、日本の夏はもともと気温が高くて湿気が強い気候です。
   古来、クーラーも扇風機もない時代、日本の先人達はこの暑い夏をいかに快適に凌ぐかということに智恵を絞ってきました。
 
   例えば、夏の朝、市場で大きな西瓜を買ってきて井戸水で冷やしておきます。冷たくなったら皮ごと切り分け、塩をパラりと振りかけた上で齧り付きます。冷たい味覚で涼しさを感じますし、汗をかいた体に必要な水分と塩分を同時に摂取することもできます。
   夏の夜には、日本国内の様々な市町村で大小の花火大会が行われます。日が暮れて花火が打ち上げられる頃になると、気温は下がり暑さは少し和らいできます。日中は暑さを避けるために家の中に籠っていた人々も、花火を見に外に出てきます。空に打ち上げられる華やかな花火に見とれながら、しばし暑さを忘れます。
   花火大会が行われる際には、神社や寺の境内などに縁日が開かれて、様々な屋台が出ることが通例です。そこで風鈴を買い求めてきて、家の軒下につるします(写真上)。風鈴は金属やガラスでできていて、微風に揺られてチリンチリンと音を鳴らします。その涼し気な「音」を聞きながら、聴覚を通じて涼しさを感じます。
   更に、縁日では金魚を売っていることが多いので、それを数匹買ってきて、家の室内においた水槽に放します。冷たい水の中を泳ぐ、色とりどりの可愛い姿を愛でながら、視覚的に暑さを紛らわせます。
 
   ところで、暑い季節に体を冷やす効果のある食材がある、ということはご存じでしょうか。古代に中国から伝わってきた漢方は、その後日本独自の医学としても発展してきました。その中では、西瓜の他、豆腐、レンコン、タケノコ、更には大根、胡瓜、セロリ、ホウレンソウなどが、体を冷やし「熱邪」(健康にダメージを与える体内の熱)を取り除く食材として暑い時期の摂取が薦められています。(ちなみに、レンコンとタケノコはスロバキア国内で手に入りにくいかもしりませんが、豆腐を含めそれ以外の食材は、スーパーマーケットや市場で入手可能です)。
 
   以上、日本の夏の話が長くなってしまいましたが、ヨーロッパも本年は猛暑に襲われています。特にアフリカからの熱波が進出している南ヨーロッパでは気温上昇が激しいそうです。先日、夏休みの休暇が終わり地元からブラチスラバに戻ってきたポルトガル大使と話をする機会がありましたが、リスボンの街中の温度計の目盛りは50度!を超えていたそうです。
 
   スロバキアの首都ブラチスラバの気候はリスボンほどではありませんが、例年に比べて気温は高く、日中は30度以上に上がる毎日が続いています。
   但し、日本の夏の気候と異なる点が二点あります。第一は、湿気が比較的少なくカラッとしているので、気温が上がっても比較的凌ぎやすいこと。第二に、朝晩は比較的涼しく、気温は25度以下で、「熱帯夜」にはならないこと、です。したがって、「猛暑」とはいっても、日本に比べると遙かに過ごしやすい毎日といえるでしょう。
 
   ここ、首都ブラチスラバは、中世の趣を残す石造りの旧市街を中心に、横にはドナウ川が滔々と流れ、また市内、市外には大小の公園や緑地がふんだんにあって自然は豊かです。冒頭述べた「ヒートアイランド現象」とは無縁です。
   朝夕は涼しいので、多くの人が川縁の遊歩道や自然の中をジョギングしたり、散歩したりしています。日が高く昇ると気温は上がってきますが、それでも街中には多くの人が行き来して絶えません。特に今はバカンスシーズンで、ヨーロッパ人を中心に多数の観光客が旧市街をそぞろ歩きしています。緑陰の下でコーヒーを飲んだり、地元の生ビールを日中からすすっている人も沢山います。
   スロバキア人に言わせると、彼らにとってビールは水のようなものであり(実際、ミネラルウォーターよりビールの方が、値段が安い)、夏は空気が乾燥しているので、ビールを飲んでも直ぐ汗になって出て全部蒸発してしまうので、酔わない、のだそうです。
 
   スロバキアはかつてチェコと一緒だったこともあり(チェコ・スロバキア共和国)、美味しいビールで有名で様々な地元ブランドがあります。同時に、古くはローマ帝国時代からワインを作っていたと言われ、ワインの名産国でもあります。
   スロバキアワインは日本にも年に数万本が輸出されるようになり、関西地方を中心にレストランに卸されたり、個人でもインターネットで購入が可能になりました。しかし、日本におけるスロバキアワインの知名度はまだ低いのが実情です。
   私はかつて外務省に入省して二年間留学したのがフランスだったこともあり、フランスワインについても勉強して少し囓った経験があります。ボルドーやブルゴーニュの超高級・銘醸ワインにはかなわないかもしれませんが、1本10ユーロから30ユーロ(約1300円から4000円)位の中の価格帯であれば、スロバキアワインはフランスワインに劣らず美味しいですし、特に白ワインとロゼワインについては、スロバキア産の方が美味しい(要するに、コスパが良い)のではないかと、個人的には思っています。
 
   最後に、スロバキアなど中東欧でしか飲めない飲み物に「ブルチャーク」(burčiak)があります(写真下)。
   これは、初夏に収穫したブドウを潰してブドウ汁を取り、それを発酵させて秋に向けてワインを作っていく過程で、まだ発酵途中の、アルコール度数が低くブドウ汁の甘みが残っている状態のものを指します。ワインとジュースの間のような存在で、チェコ語ではburčák、ドイツではfederweissemと言うそうです。
   ブルチャークは、アルコール度数がワインの半分前後で、軽い甘みがあります。発酵途中なので、ソーダのように泡がぷくぷくと出ています(したがって壜に入れても密栓をするのは厳禁です)。さらっとして大変飲みやすいのですが、調子に乗ってぐいぐいやっていると、その内にアルコールが回ってきて、急速に酔い始めるので注意が必要です。
 
   ブルチャークは、ブドウ汁の発酵が程よく進んだ秋に、通常出回るものです。スロバキアにおいては法令(規則?)で8月中旬より飲み始めて良い、と決められているそうです。すなわち、ブルチャークは「収穫の秋の到来」を象徴する、まさに季節限定の飲み物なのです。
 
   それが、今年は例年にない暑さで、ブドウ汁の発酵が例年より早く進み、ブルチャークが8月はじめに、早くも「飲み頃」になってしまいました。そのことからスロバキア政府は、「本年に限り8月上旬からブルチャークを販売し始めて良い(飲み始めて良い)」とのお触れを出した、とのニュースを最近見ました。
 
   真夏に飲むブルチャークは、どんな味わいなのでしょうか。体が大きく頑健でお酒に強いスロバキア人のことですから、いくら飲んでも「全部汗になって蒸発してしまうので酔わない」のかもしれません。
   異常気象ならではの珍現象ですが、スロバキア人の知人の感想をいずれ聞いてみたいと思っています。
 
文責:日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)