第三十話 「美しき青きドナウ」を泳いで渡る
平成30年9月7日
ドナウ川はドイツ南部に水源を発し、ヨーロッパの十ヵ国を通って黒海に注ぐ、全長約2850キロメートルの大河です。スロバキアの首都ブラチスラバはこのドナウ河畔に位置しています。古代・中世の時代より、ドナウ川は農業や人々の生活のために貴重な水を供給する源であるとともに、水運の要でもありました。例えばブラチスラバから川を遡れば隣国オーストリアのウィーンに(約60キロメートル)、下ればハンガリーのブダペストまで(約160キロメートル)、繋がっています。ブラチスラバ市内の川岸を訪れると、多くの貨物船や客船が毎日ドナウ川を行き来するのを、見ることが出来ます。
ヨーロッパの歴史書や文学・芸術作品の中にはドナウ川の名前が何回となく出てきますが、日本人にとって一番馴染みがあるのは、ヨハン・シュトラウス二世が作曲したワルツ「美しき青きドナウ」でしょう。この軽快で典雅な音楽を聴いてドナウ川に憧れ、実際にヨーロッパを訪ねてみた日本人旅行客も多いのではないかと思います。
しかし、現在のドナウ川の水は必ずしも青色には見えません。ブラチスラバで見るドナウ川の水の色はどちらかというと少し濁った薄緑色で、これはウィーンでもブダペストでも同様でした。ヨハン・シュトラウス2世が作曲した1867年当時は、まさに「美しき青きドナウ」だったのかもしれません。現在は経済開発や環境破壊が進んだためでしょうか、「美しい? 薄緑色のドナウ」と言う方が、より正確かもしれません。
この9月2日(日)に、ブラチスラバにおいて「トランス・ダニューブ・スイム」というイベントが開催されました。これは、日頃河畔から何気なく見たり、架かる橋の上を車で行き来したりしているだけのドナウ川を、実際に泳いで渡ってみようというイベントで、人々の生活にとってのドナウ川の重要性と、その環境保護の必要性をプレイアップするために、数年前から毎年行われています。私は複数のスロバキア人達から強く薦められて、今回初めて参加してみました。
当日は薄曇り、小雨模様の怪しい天気で、水泳日和とはとても言えませんでした。それでも集合時間の午後1時過ぎにはドナウ河畔の集合場所に、水着姿に登録証代わりの黄色い水泳帽(写真上)を被った500人近い人々が集まって来ました。見回す限り、参加者の殆どは体格の立派なスロバキア人達ばかりで、日本人どころかアジア人の出席者は自分一人のようです。
事前に調べたところ、スタート地点あたりのドナウ川の川幅は対岸まで約350メートルあり、更に、対岸の下流にあるSNP(スロバキア国民蜂起記念)橋の下のゴール地点まで川を約2キロメートル泳いで下る必要があることがわかりました。スロバキア人の友人が教えてくれた情報では、前日土曜日における川の水温は19.8度、流速は分速307メートル(時速約18キロメートル)。但し、この土曜日にはスロバキア西部で大雨が降ったことから、日曜日当日の水温はこれより低く、水量が大幅に増えて流速も早まっている可能性が高いようでした。
午後2時にスタートとなり、何百人ものスロバキア人達と一緒に、私も一気に川に飛び込みました。最初は水をぴりりと冷たく感じましたが、泳いでいる内に体が内からどんどん暖かくなってくるので寒さはやがて気にならなくなります。やや半透明で薄緑色の川の水は衛生上飲んではいけないと言われましたが、さりとて不潔というわけではなく、沢山の参加者と一緒に声を掛け合いながら広大な川を泳いでいくのは、極めて爽快でした。泳ぎながら水面すれすれから顔を上げると、川上、川下に広がる膨大な水と、両岸の林や山上にあるブラチスラバ城の模様が、パノラマのように広がって見えました。
ヨーロッパの歴史書や文学・芸術作品の中にはドナウ川の名前が何回となく出てきますが、日本人にとって一番馴染みがあるのは、ヨハン・シュトラウス二世が作曲したワルツ「美しき青きドナウ」でしょう。この軽快で典雅な音楽を聴いてドナウ川に憧れ、実際にヨーロッパを訪ねてみた日本人旅行客も多いのではないかと思います。
しかし、現在のドナウ川の水は必ずしも青色には見えません。ブラチスラバで見るドナウ川の水の色はどちらかというと少し濁った薄緑色で、これはウィーンでもブダペストでも同様でした。ヨハン・シュトラウス2世が作曲した1867年当時は、まさに「美しき青きドナウ」だったのかもしれません。現在は経済開発や環境破壊が進んだためでしょうか、「美しい? 薄緑色のドナウ」と言う方が、より正確かもしれません。
この9月2日(日)に、ブラチスラバにおいて「トランス・ダニューブ・スイム」というイベントが開催されました。これは、日頃河畔から何気なく見たり、架かる橋の上を車で行き来したりしているだけのドナウ川を、実際に泳いで渡ってみようというイベントで、人々の生活にとってのドナウ川の重要性と、その環境保護の必要性をプレイアップするために、数年前から毎年行われています。私は複数のスロバキア人達から強く薦められて、今回初めて参加してみました。
当日は薄曇り、小雨模様の怪しい天気で、水泳日和とはとても言えませんでした。それでも集合時間の午後1時過ぎにはドナウ河畔の集合場所に、水着姿に登録証代わりの黄色い水泳帽(写真上)を被った500人近い人々が集まって来ました。見回す限り、参加者の殆どは体格の立派なスロバキア人達ばかりで、日本人どころかアジア人の出席者は自分一人のようです。
事前に調べたところ、スタート地点あたりのドナウ川の川幅は対岸まで約350メートルあり、更に、対岸の下流にあるSNP(スロバキア国民蜂起記念)橋の下のゴール地点まで川を約2キロメートル泳いで下る必要があることがわかりました。スロバキア人の友人が教えてくれた情報では、前日土曜日における川の水温は19.8度、流速は分速307メートル(時速約18キロメートル)。但し、この土曜日にはスロバキア西部で大雨が降ったことから、日曜日当日の水温はこれより低く、水量が大幅に増えて流速も早まっている可能性が高いようでした。
午後2時にスタートとなり、何百人ものスロバキア人達と一緒に、私も一気に川に飛び込みました。最初は水をぴりりと冷たく感じましたが、泳いでいる内に体が内からどんどん暖かくなってくるので寒さはやがて気にならなくなります。やや半透明で薄緑色の川の水は衛生上飲んではいけないと言われましたが、さりとて不潔というわけではなく、沢山の参加者と一緒に声を掛け合いながら広大な川を泳いでいくのは、極めて爽快でした。泳ぎながら水面すれすれから顔を上げると、川上、川下に広がる膨大な水と、両岸の林や山上にあるブラチスラバ城の模様が、パノラマのように広がって見えました。
川の外では気がつかず、実際に川の中に入ってみることで分かった最大の点は、ドナウ川の水の流れがとても強く、そして速い、ということでした。事前に主催者側から、川下のゴールに向かって泳いではいけない、逆に川上に向かって斜め方向に泳いでいると、結果として強い川の流れで下流、対岸のゴール方向に体が行くことになる、と教えられていました。泳ぎ始めるとまさにその通りで、対岸に向かって泳いでいこうとすると、どんどん体が下流に流されていくのがよくわかりました。
更にもう一つ気がついたことは、同じ川の中でも真ん中あたりと川岸近くでは水の流れ方が大きく異なることでした。川を横断するように泳いでいる最初の20分くらいは、水の流れは速いものの波は殆ど感じなかったのですが、ゴール地点近くの川岸に近づくと波がどんどん大きくなり、時には水が巻いたりして、参加者達は皆、体のバランスをとって泳ぎ続けることに苦労していました(写真中)。
私は結局、40分間近くをかけてゴールである向こう岸、下流の橋の袂までたどり着くことができました。そこでは泳ぎ切ってヘトヘトになった参加者達を慰労するために、地元の名物のロジョック(三日月型をして中に胡麻やナッツの入った甘いパン)やグラーシュ(パプリカとトマトソースを使った肉の煮込み)が用意されていました(写真下)。私も無事に泳ぎ切ったことをスロバキア人の知人達と喜び合い、分かち合いました。
更にもう一つ気がついたことは、同じ川の中でも真ん中あたりと川岸近くでは水の流れ方が大きく異なることでした。川を横断するように泳いでいる最初の20分くらいは、水の流れは速いものの波は殆ど感じなかったのですが、ゴール地点近くの川岸に近づくと波がどんどん大きくなり、時には水が巻いたりして、参加者達は皆、体のバランスをとって泳ぎ続けることに苦労していました(写真中)。
私は結局、40分間近くをかけてゴールである向こう岸、下流の橋の袂までたどり着くことができました。そこでは泳ぎ切ってヘトヘトになった参加者達を慰労するために、地元の名物のロジョック(三日月型をして中に胡麻やナッツの入った甘いパン)やグラーシュ(パプリカとトマトソースを使った肉の煮込み)が用意されていました(写真下)。私も無事に泳ぎ切ったことをスロバキア人の知人達と喜び合い、分かち合いました。
今回のイベントには、スロバキア市の後援や協力もあってか、多数の船とライフガード、ダイバー達が水上に配備され、更に空からはドローンで監視するなどして、泳者達の安全を見守り、万が一にも水難事故が起きないように監視をしてくれていました。何人かの参加者は途中で泳ぎ切ることをあきらめてライフガードにより船上にすくわれていましたが、殆どの人が「完泳」したようです。
それにしても、初めてドナウ川で泳いで、この川の美しさと魅力を知ると共に、その危険や恐ろしさも改めて感じました。ブラチスラバ周辺で数年に一人、同川で溺れて死ぬ人が出るようですが、今回のような組織だった監視の下での安全を確保したイベントでもない限り、不用意に川で泳いだり、安易な気持ちで川辺に入ったりすることは、してはいけないと改めて思った次第です。
最後に、衛生上の観点から川の水は飲むなと言われていたのですが、実際には、波にもまれて否が応にも何口かの水を飲んでしまいました。
「ナイルの水を飲んだ者は必ずナイルに帰る」(Once you drink from the Nile, you come back again.)というエジプトの諺があります。
また、日本では、ある場所を良く知りそこの環境に慣れることを「・・・の水になじむ」と表現することがあります。
私も、ドナウ川を泳ぎ、その水を飲んで、やっと「ブラチスラバの水になじんだ」気がする次第です。
文責:日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)
それにしても、初めてドナウ川で泳いで、この川の美しさと魅力を知ると共に、その危険や恐ろしさも改めて感じました。ブラチスラバ周辺で数年に一人、同川で溺れて死ぬ人が出るようですが、今回のような組織だった監視の下での安全を確保したイベントでもない限り、不用意に川で泳いだり、安易な気持ちで川辺に入ったりすることは、してはいけないと改めて思った次第です。
最後に、衛生上の観点から川の水は飲むなと言われていたのですが、実際には、波にもまれて否が応にも何口かの水を飲んでしまいました。
「ナイルの水を飲んだ者は必ずナイルに帰る」(Once you drink from the Nile, you come back again.)というエジプトの諺があります。
また、日本では、ある場所を良く知りそこの環境に慣れることを「・・・の水になじむ」と表現することがあります。
私も、ドナウ川を泳ぎ、その水を飲んで、やっと「ブラチスラバの水になじんだ」気がする次第です。
文責:日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)