第三十五話 ドゥバーキ対松茸(秋の味覚を楽しむ)

令和元年9月26日
     春夏秋冬、四季の移り変わりを様々な形で楽しむのは、スロバキア人も日本人も同じです。
 
     日本では都市化が急速に進み、特に都会に暮らす人々は自然から遠くなって、季節の移ろいを肌身で感じることが困難になっています。これに対しスロバキアでは、首都ブラチスラバでも、徒歩圏、あるいはバスで十分から二十分の距離で、豊かな自然に触れることが可能です。もっとも、好調な経済を背景にブラチスラバ市では高層ビルが次々と建築されるとともに自然が破壊されつつあることも事実です。町に住む人々の生活がより「便利」になることは大変結構ですが、ブラチスラバがいずれ東京のような、人工的で自然の香りのしない町になってしまうのではないかと、少し心配です。
 
     私は四回目の秋をスロバキアでむかえています。この夏あたりから、今年の秋は「スロバキアの秋」もしっかり楽しもう、と心に決めていました。
 
     「スロバキアの秋」とはなんでしょうか。私にとってそれは、「キノコ」です。
 
     スロバキアでは秋になると、春から夏にかけては色とりどりで出ていた沢山の種類の野菜や果物が、市場から徐々に姿を消していきます。それはそれで淋しいのですが、代わりに秋の味覚として姿を現すのが、このブログで既に何回かご紹介したキャベツの酢漬け(キスラー・カプスタ)や、栗などの木の実、そして様々なキノコです。
     スロバキアで採れるキノコには、ドゥバーキ(ヤマドリタケモドキ)、コザキ、マッシュルーム、アンズ茸(Cantharellus cibarius)、そして日本が原産地の椎茸など様々種類があります。スロバキア語が不自由な私にはその全てを把握することができないのですが、中でもスロバキアにおいて「キノコの王様」と言えるのがドゥバーキではないかと思います(写真1)。
 
     ドゥバーキは秋に市場に出てくる様々なキノコの中でも格段に値段が高く、また、私の知る限り生で売られることは希で、乾燥した形で販売されていることが殆どです(写真2)。乾燥品の見かけは冴えないのですが、これを水やぬるま湯で戻して料理の出汁にすると、素晴らしく美味しい味が出ます。
     スロバキア人はそれスープやオムレツに入れることが多いようです。私はパスタに混ぜ込んだり、炊き込みご飯に入れたり、味噌汁に入れたりして楽しんでいます。ドゥバーキを入れると私のような素人料理人の作る料理が、ミシェランガイドブックの星付きレストラン、とまでは言いませんが、プロの料理人が作ったような(?)洗練されたコクのある一品となります。
     写真3は私が最近作った朝食で、手前左がドゥバーキの炊き込みご飯、同右がドゥバーキで出汁を取った味噌汁、左奥が納豆(ブログ21話参照)、右奥は知り合いのスロバキア人からもらった手作りの、発酵キャベツの一種チャラマーダ(ブログ22話参照)です。手前味噌ですが、毎日でも美味しく食べられます。かつ、完全ベジタリアン食で健康志向でもあります。
 
     調べてみたところ、ドゥバーキ(ヤマドリタケモドキ:学名Boletus reticulatus)はイタリア産で有名なポルチーニ茸(ヤマドリタケ:学名Boletus edulis)と同族です。学術的に言えば亜種ですが、ヨーロッパでは一般に、いずれもポルチーニ茸、あるいはフランスで言うセップ茸として売られているそうです。
 
     ちなみに、この夏に私用で日本に帰った際に新宿(東京)のデパートの地下食品売り場でイタリア産のポルチーニ茸の乾燥品を見つけました。5グラムで2000円(約18ユーロ)という値段でした。他方、先週末ブラチスラバ市内のミレチチョバー広場でドゥバーキの乾燥品を買いました。50グラム近くて7ユーロ(約900円)でした。もし私が公務員でなければ、スロバキアからドゥバーキをどっさりと日本に輸出して一儲けしたい誘惑に駆られるところです。
 
     最近、東スロバキアに住んでいるスロバキア人の知人と夕食を共にする機会があり、そこでキノコの話が話題に出ました。彼の住む村の裏山には何カ所か毎年野生のドゥバーキが生える場所があり、地元の村民の間でも彼だけがその場所を知っているそうです。毎年秋になると、彼は他の村人にその場所を見つけられないように、他人を巻くようにこっそりとそこに行って、たっぷりと新鮮なドゥバーキ茸を摘むのがなによりの楽しみだ、ということでした。彼は70才を過ぎてもう良い歳なので、今年の秋は孫を連れて行き、その「秘密のドゥバーキ畑」の場所を子孫直伝で、孫にだけ教えるつもりだそうです。
      この話を聞いて思い出したのは、日本における松茸についての話です。松茸(学名 Tricholoma Matsutake)はそのふくよかな香りから日本における茸の王様とも言える存在です(写真4)。同じく日本の代表的な茸である椎茸やシメジ等と異なり人工栽培することが困難で、山奥に分け入って赤松の根元などに自然に生えているものを見つけるしかありません。松茸取りを生業にする人にとって、貴重な松茸が毎年生える場所は絶対他の人に教えてはいけないそうで、秋になって松茸狩りに行く際も、わざわざ寄り道をしていったり回り道をしたりして、他人に場所が見つからないように色々と苦労する、という話を聞いたことがあります。
     スロバキアでも日本でも、人間のやっていることは違っているようで似ているのだな、と思わず微笑してしまいました。
 
     蛇足ですが、そのスロバキア人の友人からは、ヨーロッパでは各国で秋になると茸を味わい楽しむ文化があるが、なぜかドイツ人だけは茸を殆ど食べない、あんなに豊かな森がある国なのに不思議なことだ、と言っていました。これが本当なのか単なる誤解なのか、こんど友人のドイツ大使に聞いてみようと思います。
 
     最近、イタリアに永年住む日本人作家・漫画家(山崎マリ氏)の随筆を読む機会がありました(題名:パスタ嫌い)。彼女が死ぬ前に最後に食べたい「最後の晩餐」は、生のポルチーニ茸を炭火でこんがり焼いて、塩とオリーブオイルだけをかけた物、だそうです。
となると、人生の終わりを迎えるにあたっても季節を選ばなければならないことになりますが・・・。
 
     スロバキアの方も日本の方も、今晩あたり、キノコ料理はいかがでしょうか。
 
文責:日本大使 新美 潤(しんみ じゅん)